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詰め合わせギフトパック  作者: たまさ。
短編・よみきり
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悪代官への道

直参旗本といえば聞こえはいいが、その次男ともなればただの跡取りの代替品としての意味しかない。

外に放逐する訳にもいかず、ようは実家で飼い殺される人生。

その人生に不満ばかりを抱えていた訳ではないが、似たような境遇の連中と酒と女に明け暮れて過ごすのは皆が通る道と言って過言では無い。


――幼名、中富次郎。


 元服後の名は中富清治郎。

その名だとてあまりにも適当すぎやしまいかと内心でぼやき、酒の席で友人にからかわれたものだ。

 遊郭と居酒屋、賭場に通いむしゃくしゃとした人生をやり過ごす。

それだとて金子は全て親や兄の世話になるしかなく、自ら仕事を求めることもできない下らぬ人生。

 変えたいと望んだことがあったとしても、それは兄を蹴落とすことに他ならない。


――まったく、くだらぬ。


「ふんっ。何が代官だ――地方代官になんぞなったら、俺はせっせと悪銭を溜め込んで果ては楽隠居で面白おかしく遊興に励むさ」


 兄の清朗が地方代官という役職を受ける伝ができたという報告を肴に笑い飛ばした時期が俺にもありました。


「代官様っ、村のもんから喧嘩で怪我人が出たと訴えがっ」

「ええいっ。知るかっ。んなもんは内証でさっさと済ませろ。いいか、いちいちこちらに話を持ち込むな」

 内証――つまり、ナイショだ。

いちいち公正に書類を起こして事件扱いにしていては、どれだけの金子が掛かると思う。地方代官所に金があると思うなよ。

 

というか、俺だって金があると思っていた時期がある。

そう。地方代官になれば村や町の人間から銭を搾り取って、商人と暗躍して大判小判がざっくざくに飴あられな夢を見ていたものだ。

 兄が流行り病でぽっくりあっけなく身まかり、その後に転がり込んできたぼた餅は、決して甘くはないものだった。


 葬式のあとのしめやかさを携えて下男一人を連れて任地におもむけば、ついた場所は恐ろしい程の田舎だったが、田舎には田舎の楽しみがあるさと自分を慰めたものだ。だが、その自分を慰めるという行為が連日続けば恨まずにはいられない。


――兄よ、何故に俺にこんな役柄を押し付けた。


 俺は確かに自分の人生にくさくさとしていたさ。だが、あの時の俺に懇切丁寧に言ってやりたい。

お前は幸せだったのだと。


「代官、大野屋さんがお見えです」

「――判った」


 この村、町で一番の商人の出現に嘆息しつつ、一番日当たりの良い部屋にまで足を向けると大野屋雪也という名目上盲目の男は伏せた半眼をあげた。

 雪也は所謂金貸しを副業としているが、金貸しという職業は特殊なもので一般にゆるされてはいない。


「悪い、金を貸してくれ」

と清治郎が気安い口調で頼んだのが後のまつり「確か金貸しは盲目だか坊主だかでないとできないんじゃありませんでしたか?」と雪也は首をかしげ、金貸しの地位を奪い取られたのだ。

――この書類の偽造により、確かに清治郎は悪代官といえなくも無い。隠密と呼ばれる人間にばれれば代官という地位を奪われ、こっぴどい仕打ちを受けざるを得ない所業だ。

 だがしかし、この郡は果てしなく貧乏だった。

背に腹はかえられん。


「雪也、以前の書類を精査して判ったんだが少し話しを聞かせてくれ」

 もう馴染みの商人の涼しい顔に少しばかり顔をしかめ、清治郎は持ってきた書類をどさりと落として自分も胡坐をかいた。

「なんなりと」

 雪也はうなずき、清治郎が差し出した帳面に視線を落とした。

「五年前まで収められていた年貢と、昨年の年貢とを比べると明らかに差異がある。昨年は凶作や何かがあったのか問えば、そんなことは無いという。おまえ、わかるか?」

 代官所の役人達は人手不足の為になかなかモノを知らぬ新しい代官の話を聞いてはくれない。

 なんといっても、まっとう勉強などに励んだこともない新米代官なものだからその扱いは肥溜めの肥えより酷い。肥えは役に立つが、もの知らずの代官は役に立たない。それに構っている程暇ではないというのだ。


「米を作る農家が減りましたから」

 雪也はあっさりと言った。

「なんだ、それは? 米農家が減る?」

「ええ、彼等はこぞって今や蚕産業に精を出してますよ」

 蚕、といえば絹糸だ。

ならばむしろ年貢は増えるのではないか?

清治郎の眉が潜まると、雪也は実におかしそうに喉を鳴らした。


「年貢の率が違うんです。米ならこの辺りでは五公五民。半分を年貢で収めなけりゃならない。けれどお蚕さんは農家の妻のちょっとした内職扱いで、一公九民。つまり、一割足らずを年貢として収めればいいってことになる」

「……」

「当然うちの小作人達もこぞってお蚕の育成にはげんでおりますよ」


 にっこりと微笑を浮かべる悪徳商人の顔を睨みつけ、清治郎は危うくもっていた大事な書類をぐしゃりと握りつぶしてしまいそうになった。


「くそ農家がぁぁぁぁ」

 どうりでがっくりと年貢が減った訳だ。

だが、何が内職だ。思い切り本職にしているじゃないかっ。

「そんな話を聞かれたら、農民達が怒りますよ。それより、先日の貸付の話はどうなってます?」

「うっ……」

 代官所の雨漏りが酷い為に屋根の葺き替えをしたのだが、屋根自体に腐れた箇所が幾つかあり、思ったより出費がかさんでしまった。その時に足が出た分をツケにしてあるのだが、悪徳商人は袂からそろばんを取り出すと、しゃらしゃらと鳴らした。


「まぁ、色々と相談には乗りますよ」




ふんっ。何が代官だ――地方代官になんぞなったら、俺はせっせと悪銭を溜め込んで果ては楽隠居で面白おかしく遊興に励むさ……


「すまん。少し待ってくれ」



そんな風に思っていた時期が俺にもありました。ええ……



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