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また・召喚してみよう!

一体何がいけなかったのか?


ぐりぐりと薄茶の紙にペンを走らせながらファウリーは唇を尖らせ、うつぶせという格好で後ろ足をぱたぱたと動かした。

 アルコールの香りがつんっと鼻につくような屋根裏部屋は、四方に置かれた魔法石のランタンが灯りを点し、そのぬくもりさえも伝えてくれている。

 ファウリーの周りには幾つもの本が詰まれ、辞書も散乱していた。

一見すると勉強熱心と感心されそうなものだが、ファウリーの勤勉さは完全に趣味と報復活動によって支配されているものだった。


「ドラゴンはやっぱりちょっと高度すぎたわ」

 ファウリーは独り言を呟きながら新たな魔方陣を紙に書いていく。

先日この屋根裏部屋の床に直接書き上げた大きな魔方陣は、三日の間せっせとデッキブラシで磨いて一生懸命証拠隠滅を図ったものの、結局おじいちゃんに発見されてお尻を叩かれるという屈辱を味わった。


 しかもレイシェンは壁にもたれて薄ら笑いを浮かべて、

「子供のしたことだし」

と、庇うようなことを言っていたが、おじいちゃんに告げ口したのはレイシェンに違いないとファウリーはにらんでいた。

 足腰の弱いおじいちゃんがわざわざ屋根裏部屋まであがってくるなんて早々無いことなのだ。

 ひりひりするお尻で更に二日かけて丹念に磨き上げ、最後にはアルコールで消毒まですることとなった記憶は生々しい。


 色々とレイシェンに嫌がらせをしようと試みたけれど、なんといっても十歳という年齢差はいかんともしがたい。

 レイシェンが道端で同級生の女の子達と話しをしている時に、これこそ素晴らしい嫌がらせだろうとぱたぱたと駆け寄り「おにぃちゃん、こんなところで遊んでないでファウリーの勉強みてくれないと駄目っ」と腰に抱きついて言ってやれば、レイシェンは平然とファウリーの頭をなでて「わかったよ」と、そのままにっこりと笑って「じゃあね」と女の子達に手を振ってくるりと背を向けてしまった。

 レイシェン、超シスコン説を流布させてやろうという目論見は、その場にいた女の子達の「レイシェンって優しいわね!」という言葉でうやむやになってしまった挙句、実際に勉強をみっちりやらされるという踏んだり蹴ったりの結末だったのだ。

 

 そんなこんなで、ここはやはり召喚術だとファウリーは結論を出した。

またしても禍々しい獣を召喚し、レイシェンへと復讐を考えたのだ。


ということで、今日は魔方陣を紙に書くことにした。

紙なら処分が簡単! 破って丸めてゴミ箱に放り込めばいいのだから、今まで誰も考えなかったとは驚きだ。

ファウリーはやっぱり自分って頭いいなぁと悦に入りながら、鼻歌を歌い、それに合わせて足先を振っていた。


「今度はもっと小さくて、でもすんごーく威力のありそうなのがいいわっ」


 がうっと口をあけると牙がにょっきりと生えていて、レイシェンをがぶりと齧ってくれそうな生き物ってないかな。

 傍らにある【よいこのまじゅうじてん】をぺらぺらとめくり、丁度良さそうな魔獣を物色する。大きさは犬程度でいい。顎が強くて、カッコイイのがいい。

 頭の中であれこれと想像し、あるページでぴたりと手をとめた。

猛々しい肉食の獣が前足をたしんっとふんばり、獰猛な口をがばりとあけてそこから発達した犬歯がきらりと覗く魔獣、牙豹のイラストにぶるりと身震いが出た。 


「ファーウ」

 怖い想像に顔をしかめていたところで、かすかな声が窓の外から聞こえ、ファウリーは慌てて持っていたペンを放り出してぱたぱたと屋根裏の出窓からにょっきりと顔を出した。

 ファウリーの家は三階建てで、更に屋根裏ともなれば随分と高い。

玄関の脇で口元に手を当てて「ファウリーっ」と声をあげているのは、友達のカロウだった。

 特徴的なくたびれた帽子がひょこひょこと動いているのが判る。

 突然やってきた遊び仲間に、ファウリーは「屋根裏部屋にあがってきてっ」と声を掛けようとしたが、それより先に隣の家の二階窓からレイシェンが顔を出し、何事かをカウロに言いつけ、二・三会話を交わすとカロウは肩を落とすようにして身を翻して駆け出してしまった。

「ちょっ――何してんの、レイシェンっ」

「何って、ファウリーは勉強の時間だから帰れって言っただけ。宿題してるんだろうね? 

また阿呆な遊びなんかしていたら小学部にして奇跡の落第だ」

「馬鹿にするんじゃないわよ!」

 誰が落第などするものかっ。


ぐぐぐっと手を握り締め、ファウリーは忌々しいというように舌を打ち鳴らした。

「あたしはゆーしゅーなのっ」

「この間のテストの結果をぼくが知らないとでも? 隠す場所変えたほうがいいよ? もうワンパターン」

「ちょっ、人の部屋荒らさないでよっ」

 馬鹿にしきった口調で階下の窓からひらひらと手をふり肩をすくめてみせるレイシェンにカチンときて、ファウリーは出窓から落ちそうな勢いで指を突きつけた。


「見てなさいよ! あたしは召喚魔術師なんだからっ」

「召喚なんてまだ言ってるの? そんなことできる訳ないだろうに」

――以前召喚したタツノオトシゴはその証拠を突きつける前にお墓を作ってしまい、その眠りを破ってはならないという優しさで掘り起こしてレイシェンに突きつけることもできなかった。

 だが、今回は違う。

材料もちゃんともう一度用意したし、魔方陣はちょっと小さくて紙に書いたものだけれどきっと代用が利く。


ファウリーは「絶対にぎゃふんって言わせてやるんだから!」ともう一度いい、またしてもレイシェンに馬鹿にしきった顔で「ぎゃふん」と返された。


「っっっ」

 真っ赤になって怒鳴りつけるファウリーは、ふいに冷静さを取り戻してふんっと鼻を鳴らした。

「そんなに言うなら、あがって来なさいよ!

あたしのカレーなる召喚術をその目で見ればいいわっ」


***


 まったく、また馬鹿なことをしだした。


ハチドリのような姿に擬態した悪魔は眇めた眼差しでファウリーを見下ろしていた。

一旦召喚されてしまった魔獣と召喚主は仮契約を交わされる。本来であれば――仮契約であるから一回の召喚で役割を与えられ、それさえ済めば自由を得られ、逆召喚によって元の世界へと戻される。

 だが、生憎と「悪魔」は逆召喚を受けていない。ファウリーは召喚されたものをタツノオトシゴであると思っているから、まったく気にしていないのだ。いや、元々逆召喚すら知らないのかもしれない。

 おかげで自分の世界に帰れないという有様。

手っ取り早く召喚主であるファウリーが命を落とせば戻れるが、生憎と召喚された者は召喚主を殺すことはできない決まりだ。

 ハチドリは光の届かぬ暗闇からじっとファウリーを眺め、ケッと危うく舌打ちしてしまいそうになった。


 屋根裏部屋の中では、紙に書かれた召喚魔方陣――その前で絶対にそれは間違っているだろうという謎の液体の壷を足元に置いたファウリーと、そのファウリーを生あったかい眼差しで見下ろしているレイシェンがいる。

「やれるものならどうぞ」

 という態度を隠そうとしないレイシェンは、腕を組んで左肩を壁に押し当てて立っていた。


「そこでとぉっくりと見ていればいいわ」

 ふふんっと鼻を鳴らすファウリーは、小さなナイフを取り出し、口の中でもごもごと召喚の為の文言を唱えはじめた。


――どうみても、それは子供の児戯でしかない。


 壷の中身もでたらめであるし、唱えている言葉も難しい単語は拾えないのだろう。ところどころが抜け落ちている。

ハチドリは不機嫌そうに顔を顰めた。

その様子を見れば見るほど、どうして自分が召喚されてしまったのか理解できない。理解したらしたで自らの自尊心が偉いことになりそうだ。

けれど、ファウリーがそのナイフの切っ先でぷつりと指に切れ目をいれ、ぷくりと赤い血が盛り上がった途端、ハチドリは自分の内部がざわりと鳥肌たつようなざわめきを覚えた。


 甘い、渇望。


そう、あの時と一緒だ。

下らぬ技で召喚されたあの時。無視しがたい激しい欲求を覚えて咄嗟に来てしまったあの時と。

 つっと血が壷に落ちると、それは今までの異臭ではなく極上の甘味のようにひきつける。

――震えが走る程の動揺に驚いていると、壁に身を預けていたレイシェンが余裕のない程顔を顰めてファウリーの手からナイフを引き抜いた。

「こんな危険な遊びは禁止っ」

「遊びじゃないもんっ」

「とにかくっ、人間の血を使って召喚なんて駄目だ」

 怒鳴るレイシェンを無視し、ファウリーはその壷の中身を歪んだ魔方陣の上にぶちまけた。


「我が呼び声に応えて現れよ、牙の王――漆黒の牙豹っ」


 ぞわりと一気に走り抜ける緊張と激しい嫌悪感。

ハチドリは慌ててその姿を人形へと変化させ、その魔方陣から現れようとする未知の恐怖を力任せにねじ伏せた。

 魔力と言う魔力を集中させ、開かれようとする召喚門を押さえ込む。

レイシェンは悪魔に気付くことなく、魔方陣からたちのぼる閃光と煙とに目をやられ、咄嗟にファウリーを庇うようにその腕の中に抱きしめて身を伏せた。

巨大な獣が自らの手の下で自由を求めて暴れるのを全力で阻み、それに重ねて魔方陣の上に自らの魔法をたたきつけ、別のものを無理やり召喚する。


――邪魔をっ、邪魔をするなぁぁぁぁ。


 獣の咆哮だけがアオォォォォォンっと耳に残り、獣がその門と魔力に押し戻されていくのと同時、悪魔が門を押さえるために反対方向から出現させたものが、びったんばったんと紙の魔方陣の上で暴れた。


びたん。


「……うわー、すごいやぁ」


びびびびびびっっっ。


先ほどの騒ぎなど無かったのか如く、床に座り込んでその膝の上にファウリーを抱え込んだレイシェンが起伏の無い声で言った。


「マグロ……」

 呆然と呟くファウリーに、レイシェンは乾いた笑いを浮かべた。

「ザンネン、ブリだよ――なんというか、まさかブリを出すとはね!」

「ブリィィィっ」


 レイシェンの膝からはいでた小娘が卒倒するような声をあげているが――


***


それどころじゃねぇぇぇぇ!

それどころじゃねえだろうがっ。


こいつ、この馬鹿娘。今いったい自分が何を召喚しようとしていたのか判っているのか?

しかも、俺がいなければソレは召喚門を通り抜けてこの場で――この一里四方までも蹂躙していたかもしれないと気付いているのか!

 今はネズミの姿に変化した悪魔はぶるぶると身震いし、キィィィっと鳴いた。


珍しくげらげらと笑っているレイシェンが床をたたいているが、ファウリーはびちびちと暴れている自分の背にも近いその魚を前に半泣きでレイシェンに指を突きつけた。


「おぼえてなさいよぉぉぉっ」

「忘れるなんて無理だって! ブリ、めちゃくちゃイキのイイブリ召喚っ」

なにこれ、産地直送?

「レイシェンのばかぁぁっ」


だからそれどころじゃねぇっつうんだ、この馬鹿二人!


――いったいぜんたい、何故こんなことになるんだ?

なぜあんな出鱈目であんな強大な魔獣をっ。

二本足で立つネズミなど知らぬ気に、ファウリーは「もぉ、なんで魚!」と地団駄を踏んでいた。




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