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そうだ召喚してみよう!

物心ついたときから父親とか母親という人は居なかった。

それでもちっとも寂しいなんて思ったことは無いのは、優しいおじいちゃんがいたし、あまり家には居ないけれど、ぱぱがいたから。

 ぱぱは有名な召喚魔導師だった。

召喚っていうのは、魔方陣と宝石や色々なアイテムでもって魔獣や悪魔やらを引き寄せる術のこと。そして魔導師っていうのは、召喚魔術士達を指導することが許されたとっても偉い人だ。偉い人だから、ぱぱはいつだって忙しくしていて、ちっとも家には寄り付かない。

 ぱぱはぱぱであってパパじゃない。六歳のファウリーには良く判らないけれど「血の繋がらない女の子を援助するのはパパだから。ちょっ、父さんもレイシェンも睨まないでよ。よし、じゃあぱぱにしとこう! ぱぱならいいだろう」と言っていたから、あくまでもぱぱはぱぱだ。パパだとおじいちゃんが怒るから、そこは間違えちゃいけない。

――ぱぱはよく「面倒くさい人だよね」と人に言われているから、きっと面倒くさい人なんだと思う。

 それに、ままが必要な時は、お隣のレイシェンのお母さんがいつだって手をかしてくれたから、ファウリーはちっとも寂しくなんか無かった。

 

 おとなりのレイシェンは十も年の離れたファウリーのお兄ちゃんだ。

でももうお兄ちゃんとは呼ばないとファウリーは決めた。

だって友達のレガッタに酷いことをしたし、カロウのことも虐めた。だからもうレイシェンはお兄ちゃんじゃない。

 お兄ちゃんっていうのは、優しい筈なのに、レイシェンはちっとも優しくない。だからレイシェンはお兄ちゃんは落第だから……ファウリーの弟にしてあげよう。


 ファウリーはぎゅっと手を握り締めた。

そうしてはじめて気付いた。

「レイシェンが弟なら、ファウリーはおねーちゃんだ!」

なんて素敵。

とっても素敵!

あたしってば頭いいっ。


 ファウリーは有頂天になってばたばたと駆け出し、三階にある自分の部屋の窓から勢いをつけて飛び出し、屋根の上を歩いてお向かいに伸ばしてある板の上を歩き、いつだって開いているお隣の家の窓に入り込んだ。

「おにー……」

 つい癖でお兄ちゃんと言ってしまいそうになったファウリーは慌ててがばりと口をふさいだ。

 窓を開いて入り込んだ先は、レイシェンの家の屋根裏部屋に当たる。

自分の部屋だってある癖に、レイシェンはここに入り浸って小難しい本を読んだり、なんだか判らない数式と戦っているのだ。

 その時も屋根裏部屋に置かれている木箱に寄りかかり、レイシェンは本に視線を落としていた。

「ファウリー、きちんと下から来なよ。窓はぼくが通る道なんだから」

「だってズルイ! おにー……じゃなくて、レイシェンばっかり楽しようなんて許されないんだからっ」

 はじめて呼び捨てにされた当人は瞳を瞬き、その短く色素の薄い青銀に見える髪をかきあげた。

「レイシェン?」

 問い返す声は穏やかなものだった。

「そう! レイシェンは意地悪だからもうおにーちゃんて呼ばないことにしたのっ。今日からはあたしがおねーちゃんで、レイシェンはおとーとね! だからっ」

 とっても素晴らしい筈の提案だったというのに、レイシェンはいかにも「うわー馬鹿がいる」という生ぬるい眼差しで十年下の六つの子供を見下ろし、いつも通りその頭をべしりとはたいた。


「その脳みそ、もう少し皺を増やして出直して」

「くぅぅぅっ」

 ファウリーはごんっと音をさせた頭を両手で押さえて涙目でレイシェンを睨みつけた。


「お」

「お?」

「おまえのかーちゃんでべそぉぉっっっっ」


 うわーんっと身を翻してファウリーが撤退しようとすれば、その襟首をとっ捕まえてレイシェンは窓ではなくその部屋唯一の扉からひょいっと廊下へとファウリーを放り出し、階下に向かって声をあげた。


「かーさんっ、ファウリーが母さんのこと出臍だってさ」


 張り上げられた声を最後にぱたりと閉ざされた扉に張り付き、階下からずんずんと足音も高く階上へとあがってくる恐怖の大王に、ファウリーは半泣きで扉をたたいた。


「おにっ、お兄ちゃんっ助けてっ」


***


 召喚魔術達人の為の書。


金色の飾り文字で書かれたぶあつい本の表紙を指先で何度も撫でる。

召喚魔導師であるぱぱの蔵書から引き出した一冊は、幼い子供の心に激しい好奇心を呼び起こした。

その場にないものを召喚する。


 知らないもの、知らない生き物。

本の中には色々な情報がひしめいているが、生憎と難しい文字が多すぎて今年やっと八つになったばかりの子どもには理解できないところもある。

 それでも、必死になって解読した文字をつなぎ合わせ、そうして屋根裏に少しばかり不恰好な魔方陣を描いた。


心臓がどきどきする。

「えっと……あとは」


 必要ものはカエルの干物とトカゲの尻尾。猫のヒゲとジキタリスの葉になんだか判らないレッドシェル。レッドというくらいだから赤いものに違いない。ということでトマトを用意した。ついでに猫のヒゲは切ったら可哀想だから、じいちゃんの白髪で代用する。白くてちくちくするからきっと大丈夫。ネコの髭とたいして違わない。ジギタリスの葉が理解できなくて、「レイ、ジギタリスを頂戴」とお隣のレイシェンにお願いしたら、笑顔で頭を殴られた。


 葉というくらいだから葉っぱでいい筈だから、ジギタリスはほうれん草で代用。駄目だったら今度は小松菜とかでやってみよう。


「よし!」

準備はできた。

その全てをすりつぶしてどろっどろにして煮込んだ液体は激しくイヤな色をしているし、においもかんばしくない。けれどもそれに、更に――


「イキチ……」


 生き血、だ。これってつまり、この自分の腕に流れているどくどくとした血。

顔をしかめながらそれでも勇気をもってナイフを掲げた。

ぷるぷると震える手で、そっと、そぉっと指先をぷつり。


「いたいっっ」

ぷつんっと切れた指から血が流れ、咄嗟に自分の口でちゅーっと吸いそうになってしまったけれど、違う。駄目、それじゃせっかく切った意味がなくなってしまう。

 必死に自分を押さえ込み、ファウリーはぎゅっと唇を噛んだ。


 謎のどろどろとした臭い液体にぽとりと落とす。

いっぱい入れたほうがいいかもしれないけど、もう駄目。

我慢できなくて慌てて指先は口の中に入れた。なんだか美味しくない血は舌に絡んで顔をしかめた。


とにかく、さあ、召喚の為の準備はできた。


 弱冠八つの稀代の魔術師(自称)ファウリー・メイは嬉々として本を片手に呪文を唱え、そして問題の液体を仰々しく魔方陣にぶちまけた。


「さぁ、あらわれなさい! 暗黒の獣。紅ドラゴン!」


 そしてあの憎っくき、レイシェンを踏み潰して。

もう絶対に許さないんだからっ。

人のことを小馬鹿にして。いつもいつもいつも!

でもそれも今日この時まで。泣いて謝って「ファウリー様、もうぼくは弟でいいです」くらい言えばちょっとは許してやるっ。

 紅ドラゴンが踏み潰したらそれどころではないとまでは考えない、浅はかな小娘ファウリーだった。


ぽわんとひろがる煙。ざわざわとざわめくその期待感にファウリーは瞳をきらきらと輝かせて叫んだが、すぐにその異臭を放つ煙にげぼげほとむせかえり、涙交じりに身をよじった。


 必死に目じりの涙をこすりながら煙の向こう、そこには大人程の大きさの何かの存在を確認したが、あまりの目の痛みにぎゅっと目を瞑ってしまった。 

白い煙が立ち消えて、そしてその場に現れた召喚獣にファウリーの笑顔はゆっくりと凍りついた。

「……あれ?」


びちびちと奇怪な動きの生き物は……手のひらサイズのタツノオトシゴ。


「たつ?」


ぴちっ。


「……たつ?」


 やがてぴちりとも動かなくなったタツノオトシゴにファウリーは血の気を引かせて青ざめ、慌てて「水っ、水っっっ」とタツノオトシゴをつまみあげて水道水を溜めた桶の中に放り込んだが、海の生き物であるタツノオトシゴは海水ではなく真水に落とし込まれて止めをさされ、残念な結果を迎えることとなった。


「……ごめん、ごめんね、タツ。おまえはきっと生まれ変わったら紅ドラゴンになるよ」

いや、もしかしたら前世が紅ドラゴンだったのかもしれない。

そうだ、きっとそうに違いない!

 庭先に「紅ドラゴンを前世に持つタツノオトシゴ」は丁寧に埋葬され、墓標としてファウリーの食べたアイスの棒が差された。


「でもタツの死は無駄にはしないわ! 何より、召喚術は成功よ!」


 ファウリーはしっかりと召喚術達人の為の書を握り締め、やがてクックックッと喉の奥を鳴らした。

「見てなさいよ、レイシェン! ぎゃふんといわせてやるんだから」

「ぎゃふん」

 仁王立ちで不気味な笑い声を上げるファウリーの頭を背後からべしりとたたき、レイシェンは平坦な口調で応えた。

「人の庭に勝手に穴掘るな」

「だってうちの畑はこないだ豆を植えたばかりだもんっ。可愛い紅ドラゴンの転生体であるタツノオトシゴが肥料になるでしょ」

「はぁ? 何言ってるのさ」

「レイシェンは頭悪いからわかんないんですぅぅぅっ」


***


「なぁにが紅ドラゴンだよ、糞ガキっ!」

 庭先でぎゃんぎゃんと騒いでいるファウリーとレイシェンを見下ろし、屋根の上から唾を飛ばしたのは黒髪に黒い瞳を持つ青年だった。

 あぐらをかくようにして屋根にすわり、苛々と足を揺り動かす。

ぎりぎりと噛み締めた口元からは鋭い犬歯がのぞいた。


甘い、甘い匂いが誘いをかけたのだ。

カラメルのふんだんに使われたプリン。チョコレートを混ぜこんだ生クリーム。こんがりと焼けたシナモンと甘い蜜の香りがたっぷりとした焼きりんご。

 空腹だった訳ではない。どちらかといえば腹は満たされていた。だが言うではないか、デザートは別バラ。


甘くてとろけるようなその香りの誘いに意識を集中させ、出所を探って飛び込めば――


 そこは古臭い屋敷の屋根裏部屋。

そしてちまっこい糞餓鬼が、それこそ乳臭い糞餓鬼が、ありえないような材料を使って召喚なんぞをしでかした現場だったという訳だ――


このオレ様を! この偉大なる大悪魔のオレ様を、トマトとほうれん草とジジィの白髪なんぞで!!


ふざけんなっ! ぜってぇ許せねぇっ。


 オレ様は偉大なる大悪魔だというのに!

生憎とうかつに召喚なんぞされちまったこのオレのこの恨み、絶対晴らさずばいられまい。

なぁにが召喚魔術士だ、こまっしゃくれた糞餓鬼め。

 とことん邪魔してやるから覚悟しやがれ!


「召喚されたショックで、慌てて身代わりとしてタツノオトシゴを残してやったが、この先おまえが何かを召喚しようとした時には愚にも付かぬものを出してやる」

恐怖に慄き涙しろ!


――召喚術を行使すると何故か海産物を召喚する台所事情にのみ優しい大召喚魔導師ファウリー・メイの物語、ここに開幕。


***


しません。




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