王道we拍手小話・その1
「やっぱりうちの子は可愛い」
と、明らかに間違った認識を持つティナンのうっとりとした呟きに、キリシュエータは乾いた笑みを落とした。
「筋肉馬鹿の守銭奴だぞ」
「そういうところが可愛いじゃないですか。外見は完璧なのに、中身がちょっとアレな感じが可愛いですよ」
外見は完璧?
――髪が長い時ですら女認識の出来なかった娘が?
ひらぺったい胸筋が?
「完璧……?」
生憎と誰もその答えを与えてはくれなかった。
――もしかして私は目が悪いのか?
***
「ルディ、おいでおいで」
控えめに耳に入り込んだ声は、宿舎の建物の背後からこそこそと手を出してルディエラを招いた。
大きくて無骨な手の誘惑に、ルディエラはぱっと喜色を表し、回りを一旦気にしつつもあわただしく駆け出し、そしてその手の主にがばりと抱きついた。
「とーさまっ」
がしりとした体躯の父は、ルディエラがだきついてもその胴回りを覆うことができない。
しっかりとした筋肉が……
「よしよしいーこだなー」
と、エリックが頭を撫でてくるが、ルディエラは一旦冷静さを取り戻し、ついで無遠慮に父親のシャツの裾をめくりあげた。
「脂肪! 何この脂肪はっ。美しい筋肉はどこいったの?」
「いや、えっと――ちょっと最近酒を飲みすぎたかなー」
「酒? 麦酒腹っ? うわ、とーさま最悪。色々駄目っ」
耐え難いというように体を引き剥がし、信じられないと首を振る娘の様子にエリックは人生が終わったというように目を見開いた。
「ちょっ、ルディ。父さんだって付き合いがあって」
「付き合いで体を鍛えるのをおろそかにしたんですか? 情けないっ。情けないですよっ」
――愛娘に振られたエリックは、修行の旅に出ました。
***
「クリスマスだぁ、お祝いだー」
騎士団の面々が浮かれまくっているというのに、ルディエラは渋い顔をしていた。
「ずるい、ずるいですよ!」
「何がだよ」
ベイゼルが隣の席にどっかりと座ってゴブレットを握り締めてぎろりと睨みつけてくる。
「だってお祝いなのに、ボクだけ酒を飲むななんて!」
「おまえは禁止」
「ずるいですよっ」
今夜は酒場ではなく、宮殿内の小サロンを使っておこなわれているお祝いだった。まさにタダ酒、タダ食いということでルディエラの気分は激しく盛り上がったというのに、フタをあけてみれば「酒禁止」などといわれる始末だった。
しかも、念をいれるように「絶対にアイギルに酒を飲ますなよっ」とベイゼルはおろかティナンまでもが全隊員に釘を刺したのだ。
これは絶対に虐めの一種に違いない。
ずるい。
ルディエラはむっと唇を尖らせ、じりじりとベイゼルの手にある酒のゴブレットを睨みつけた。
「誰だっ、馬鹿に酒を飲ましたのは!」
ベイゼルはぎゃーっと悲鳴をあげた。
いい加減酒がが入っていたベイゼルは、ルディエラがこっそりとベイゼルの酒を自分のゴブレットの中に入れたことに気付いていなかったのだ。
誰が悪いといえばベイゼルが悪かった。
宴もたけなわな頃合に、それまで静かにつまみなどを食べていたルディエラが、突然凶悪筋肉教祖となりはてて暴れ始めたのはまったくの計算外だった。
ルディエラはぶつぶつと何かを呟いていたかと思うと、おもむろにベイゼルのシャツに手を伸ばし、ズボンの中にきちんと納まっていたシャツを引き抜くと、無遠慮に腹に触れたのだ。
「腹筋割れてる!」
「やめっ、やめろぉぉ」
「くそぉっ、ふざけんな。いつも鍛えてなんていないくせにっ」
ふざけんなはこっちの台詞だ。
「ふふふふふ、ゆるせーん。ぼこるっ」
「さーわーんーなぁっっ」
ティナンは副長を襲っている妹に泣きたい気持ちになりながら、「大嫌い」発言の影響で声を掛けられずにすっと視線をそらした。また「大嫌い」などといわれたら絶対に立ち直れない。
――死ね、ベイゼル。
おまえの死は無駄にはしない。
***
「あけましておめでとうございまぁーす」
ルディエラの言葉にかぶせるように「まーす」とおざなりに続けたのは次男のバゼル。その体躯は「熊殺し」の異名をとるに相応しい筋肉隆々としたものだ。
「バゼル、挨拶は丁寧にしないと」
と、たしなめたのは長兄クインザム。真後ろの一筋だけを伸ばし、後ろ手で組紐でとめた髪型に静謐な雰囲気の青年だが、ひたりとバゼルへと視線を向けると、まるで蛇ににらまれでもしたようにバゼルはびしりと敬礼した。
「で、どうしてティナンはそんな隅のほうにいるんだい?」
「いや、えっと……すみません。最近隅にいるのが落ち着くようになりまして」
壁に向かって愚痴る癖がつきました。
殿下が付き合ってくれないので。
三男ティナン、第三王子殿下の側近の筈ですが、兄達と一緒にいるとその腰は自然と低くなる性質があるようです。
「あれ、ルークは?」
ルディエラはふと思い出し、すぐ上の兄の姿を探すようにきょろきょろと周りを見回した。
「ルークは諸事情があってね」
「まだ本編未登場だからあいつは駄目なんだ」
「バゼル、余計なことは言わなくていいよ」
「スミマセン――」
「ま、お正月だからきちんとご挨拶するように」
長兄の言葉に「はーい」とルディエラが手をあげて言うや、こほんっと咳払いをしてティナンが言葉を引き取った。
「では、あらためまして」
「明けましておめでとうございまーす」
「今年もどうぞ」
「よろしくお願いしますね」
上からティナン、ルディエラ、クインザム、バゼルと言葉を続けたが、バゼルはふいにルディエラの肩に手を置いた。
「ところで、なんかルディの髪短くね?」
「ぼくの髪も短くなったんですよーっ、今はそういう流行です!」
ティナンの明日はどっちだ!
***
「謎の素敵仮面、さん、じょーっ!」
とうっと闘技場に躍り出る男の姿に、その場の客達はやんやと喝采をおくる。中流商家の屋敷に作られた秘密クラブは今日もにぎわっていた。
「うおーっ、がんばれ変態!」
「変態仮面っ、てめー負けたら承知しねぇからなっ」
「変態仮面、くたばれっ」
筋肉隆々の謎の傭兵剣士の闘士名は――謎の素敵仮面ですが何故か客は変態仮面と呼びます
***
「理想の相手?」
夕食の合間に出た会話に、ルディエラは困惑したように眉を潜めたが、すぐに、
「理想の体なら」
と答え、ベイゼルに頭をはたかれた。
「体言うな! どうせ筋肉だろ。おまえは。判ってるんだよ。筋肉ダルマに埋もれて死ね」
「副長は筋肉のよさが判らないなんて本当に駄目ですね。
良質の筋肉に触れる機会が足りないんじゃないですか?」
「そんな機会はいらんっ。キモチ悪い。鳥肌たったじゃないかっ」
ルディエラはあからさまにはぁーっと残念そうな溜息を吐き出した。
「おまっ、人を残念な人を見る目で見るなっ」
「――見てませんよ」
「おまえが一番残念なヤツだって気付けよっ」
「見てませんってば」
年頃になるまで兄弟と父しか見ていないとこんなおばかできあがります。
***
「お嫁さん?」
七つのルディエラはすでにズボンにシャツ。顔にはドロ汚れがついていた。
クインザムは庭で転がる妹を招き寄せ、窓からひょいっと回収して自分の膝に乗せて顔をふいてやると、穏やかに言った。
「そんなに男勝りではお嫁さんになるときに困る」
「ルディお嫁さんになるの?」
「あと十年もすれば、きっと素敵な淑女になって数多の男がおまえの前でひざまずく」
「男の人が一杯?」
「そうさ。ルディの明るい髪も大きな瞳もとても素敵だからね」
「ルディお嫁さんになる!」
ぱっと笑顔を浮かべた娘の言葉に、やっぱり女の子だなと安堵したクインザムだが、
「男の人を一杯子分にしてドラゴン退治するっ」
「ルディ……」
ひざまずくの意味を履き違えたようです。
***
「副長!」
ルディエラは副長につめより、詰め寄られたベイゼルはずざっと逃げた。
「突然来んな、ボケッ」
酒飲んでねぇだろうなっ。
「今! 女性が居ましたっ」
ばしっとルディエラが指を突きつけたのは、いつもの居酒屋――【アビオンの絶叫】である。今日は騎士隊の貸切ではない為、色々な人間が店内をうろついているが、確かにその中には制服姿の女性もいる。
「女は騎士になれないのでは?」
「阿呆。アレは騎士じゃなくて一般兵――俺達は王宮務め。王宮及び王族警護の近衛騎士。女性隊員がいるのは警備隊と一般兵。それに女性隊員っつうのは戦闘員じゃなくて頭脳派の事務方って決まってる」
「騎士じゃないんですかー」
「そ。あそこでお酒飲んでるのはナシュリー・ヘイワーズ。確かウィル・ヒギンズ少佐の補佐官」
「副長よくご存知ですねー」
ルディエラは一瞬副長を尊敬しそうになってしまったが、
「ナシュのおっぱいは忘れられんでしょー」というにやにや笑いと同時、他の隊員が「副長ヘイワード中尉の胸をわしづかみにして一本背負いされたから、そりゃ忘れられないだろ」ぼそりとばらした。
ルディエラは女性も一般兵になれるのだ! とちょっとばかり色めきたったが、生憎と賢さは無い為この案は自然消滅することとなる。
↑はじめに気付けない時点で賢さはナイ。
ってコトで王道とWHは管轄違いですが世界観は一緒です。
***
【アビオンの絶叫】店主、ドラッケン・ファウブロウは口ひげの下の口をひくひくと引きつらせ、腕を組んでルディエラを見下ろした。
「おまえがこの店でトラブルを起こしたのは二度目だ」
「……すみません」
安全安心明朗会計がモットーの居酒屋だ。ファウブロウはそのぎろりとした目でしっかりとルディエラに圧力をかけ、
「出入り禁止」
きっぱりと言い渡した。
「残念だったな、アイギル」
この酒場ではドラッケン・ファウブロウの言葉は絶対だ。かの王子殿下キリシュエータですらドラッケン・ファウブロウには適わない。
ベイゼルがニヤニヤと口元を緩めてルディエラの頭をぽんぽんとたたくと、ルディエラはぐっと拳を握って懇願した。
「えええっ、そんなっ。ぼくここの牛舌の煮込みが大好きなのにっ。もう食べられなくなっちゃうっ」
そんなのイヤだっ。
「諦めろー」
面白がるベイゼルの言葉にかぶせるように、誰にも負けない不屈の魂を持つ居酒屋店主ドラッケン・ファウブロウはぎょろりとした目でルディエラを見た。
「……今回は勘弁してやる」
どうやらドラッケン・ファウブロウは小動物には弱かった。
「なんかズリィよっ!」
王道は逆ハー物語なのでルディエラに皆甘いのだ!!!
*ただしどうやら性的な意味合いは限りなく低い。
***
ぱらりと資料をめくる第三騎士団隊長の真面目なその様子を眺め、キリシュエータはそっと額に手を当てた。
「一見すると真面目に仕事しているみたいに見えるな」
「……真面目に仕事していますよ」
ティナンは冷たい視線を主へと向けた。
「何を見ているのか聞いていいか?」
「隊員名簿です」
「そうだな。それは判る――判らないのは、第三隊のお前が第二隊の名簿を見ている点だ」
淡々と問いかけると、ティナンは口の端に笑みを刻んだ。
「理由を聞きたいですか?」
「……そういう顔をしている時のおまえは本当に有能そうに見えるのが不思議だ」
キリシュエータは肩をすくめ、椅子の背もたれに背を預けて足を組んだ。
「一応言っておくが……ほどほどにな」
「ほどほどに後悔させてみせましょう」
咎めだてはしないと言ったが、むしろきちんと咎めたほうが良かったのではあるまいか――いや、どう転がっても結果は同じか。
キリシュエータは当初の予定通り、おそらくこれから行われるであろう【闇討ち】は見てみぬフリで通すことを改めて胸に刻んだ。