にーちゃんと嫁(王道)
一見して外国人だと判る容姿をしていた。
外交の父親についてやってきたというナーナ・トーラという変わった名前の娘は、小麦色の健康的な肌にくっきりと大きな瞳。長い睫毛をして国の習慣だというベールを頭からかぶっていた。
一目ぼれなどというものがあれば、きっとその時の現象がそうなのだろう。
クインザムは異国のその娘の姿に息を飲み込み、軽く瞳を見開いた。
しゃらんと揺れる幾つもの飾りのついたべールは、まるで猫に鈴のように彼女の場所を示す。
それは一種の枷なのだと、確かクインザムは何かの書物で読んだことがある。
女は金銭でやり取りされる商品でしかないのだと。
だからその身はじゃらじゃらとした飾りで飾られ、音をさせることによって逃げることを難しくさせるのだ。
簡単な挨拶もたどたどしい娘、ナーナは控えめに存在し、そしてその父親は俗物だった。
「伯爵、異国の娘は珍しいですか?」
クインザムは微笑んだ。
「異国の娘が珍しいのではありませんよ。私の妹に似ているだけです」
港に行けばナーナのような娘は珍しくない。
先に言ったように、彼女の国の女は商品でしかなく、奴隷制度が無いとされるこの国にも奴隷まがいに買い取られる娘が多く居る。
当然、あまり褒められたことではないが。
「妹さんに? 伯爵の妹さんであればさぞお美しいでしょうに」
見え透いた世辞だ。
クインザムは微笑を湛えて「生憎と私とはまったく似ておりません」と相手が戸惑うような言葉を返す。
じっと見つめていると、男は居心地が悪そうにごほんっと咳をした。
「うちの末の娘が気に入ったのであれば、どうです? 金二袋程度で構いませんよ? いや、よければ伯爵の持つ一番小さな所領を譲ってくださればいい」
勿論それは決して安い値段ではない。
こそりと潜められた言葉に、クインザムは唇の端を持ち上げた。
「彼女と少し話しがしたいな」
その言葉に気をよくしたように、父親はこくこくと大きくうなずいた。
それに合わせてクインザムは軽く手を払うと、近くを行く給仕を招き二・三耳打ちして、まるで置物のように作り物めいた笑みを浮かべているナーナに手を差し出した。
「こちらへ」
クインザムの言葉を理解していないらしい娘は、困ったように父親へと視線を向ける。
父親はにこやかに母国の言葉で話しかけ、そしてナーナは目に見えて強張り、戸惑いを見せたが父親の叱責にクインザムの手を取った。
習慣の違いがその手にもみられ、その手には手袋ははめられずに直接染料のようなもので綺麗な模様が記されていた。
クインザムは彼女を庭へと連れ出した。
おそらく、その間にあの男の処理は済む――人間の売買は公に禁じられた大罪だ。何より、他国の所領を望むなどあってはならぬ。
クインザムがナーナを連れ出し、広く作られた庭園の松明近くへといざなう頃あいに、ホールのほうではあわただしい足音が聞こえていたが、クインザムは無視した。
不安そうに見上げてくる大きな瞳は、漆黒のようにも濃緑にも見える。不安そうな小さな唇は、異国の言葉をつむいだ。
『あの、私は……イヤです』
――きちんと気に入られるように振舞うんだ。
先ほど父親から叱責を受けていた娘は、ぎゅっと手を握り哀願するようにクインザムをみあげ首を僅かに振った。
『私は……』
自分が父親に売られようとしていたことは理解しているのだ。そして、男が自分に何をさせようとしているのかを考え、恐怖に身を震わせている。
クインザムは外交の一つとして当然異国の言葉も学んでいたが、彼女はクインザムの言葉を理解してはいない。
『あのっ』
「国に帰ったところで、ろくなことにはならないだろう」
クインザムはあえてその言葉を口にしたりしなかった。
ナーナがびくりと身をすくめ、言葉がわからないと訴える。
「うちにおいで」
『何を、言っているの?』
「可愛い異国の小鳥。私の屋敷で囀るといい」
優しく微笑みかけ、けれど相手の訴えは完全に無視してクインザムはもう一度、その左手を差し出した。
『どこに行くの?』
「君の新しい家に」
『ねぇっ、何を言っているのか判らないっ』
「私は判っているから」
『ねぇ、ねぇっ、あなたが私を買ったというの? あたしをっ、あ……アイジンに、するのっ?』
強く突っぱねて逃れようとする娘に、クインザムはクっと喉を鳴らして笑った。
「クインザムだ」
とんとんっと自分を示して言う。
「ク・イ・ン・ザ・ム」
ゆっくりと区切って告げ、今度はナーナの手を軽くつつくようにして「ナーナ」と言う。
すると彼女は少しほっとした様子で『あなた、クインザム?』と問いかける。
その言葉にクインザムはうなずいて見せた。
『でも! 私、イヤですからっ』
「さぁ帰ろうか」
『ちょっ、ねぇっ、どこに行くのっ』
クインザムはナーナの手を取り、嬉しそうに自宅に帰還した――
***
クイン兄ちゃんは愛妻家です……