悪役令嬢、公開処刑後悪役に目覚める。
王都の広場に急遽設営された公開処刑場。
王城からそこまでの道のりを、鉄格子の檻に入れられた娘が一人。
憎々しげに睨みつける大衆から投げつけられる無数の石と罵声、
当人は身に覚えのない複数の罪状。
この、美しかった髪を無残に切られた娘、元公爵令嬢。
やれ、国民へ重税を課して自らの浪費に充てていただの、
やれ、孤児院と救貧院は無駄と切り捨てて、餓死者を出しただの、
やれ、立場の弱い使用人へ暴力を振るい、いじめ殺しただの、
やれ、婚約者が気づかぬを良い事に淫蕩の限りを尽くしただの、
あずかり知らぬ所で数々の悪評が溢れかえっていた。
当人が気づき、反証と共に潔白を示そうと試みても、
その噂がかき消されぬうちに別の悪行で塗りつぶされていく。
そして終焉。
王太子と近い関係にあった、とある男爵令嬢に嫉妬した挙句、
複数の暴漢に襲わせ凌辱の後に亡き者にしようとしたと断定される。
事件は「幸い」未遂に終わり、捕らえられた暴漢達の供述からは、
悪名高い「あの」公爵令嬢より依頼されたと。
だが。
「改心した暴漢達」も「襲撃事件の現場」も明らかにはされず。
公爵令嬢とは異なる筆跡の「命令書」が動かぬ証拠とされ。
彼女は捕らえられ、貴族籍も抜かれ、罪人として裁かれる事に。
王太子との婚約も当然白紙に戻される。
父親たる公爵は娘を助けようともしないで無理ある裁きに従った。
育てた娘は期待を裏切って、公爵家へ仇成す悪女となり果てたと。
母親たる公爵夫人は既に亡く、弟も父親の言いなりで助けにならず。
祖父母ももう鬼籍であり、手を差し伸べる者はいなかった。
◆
そも。
とある男爵令嬢は、本来男爵令嬢にあらず。
公務も元婚約者に押し付けがちで、王位に就くまでは遊びたいと、
王太子が形だけは「お忍び」で訪れた貴族向けの高級娼館。
下働きとして働いていた少女をいたく気に入り、買い付ける。
少女は少女で身の丈に合わぬ野望を持ち、至高の座を求めた。
さすがに平民では、王太子のそばに置くのすら拙い。
浅知恵を巡らせた挙句、取り巻きの男爵子息を通じて養女とさせる。
大金をちらつかせ「実は幼き頃攫われた娘であった」と偽証させ。
薄幸なる身の上話をさも事実かの様に社交界へと触れ回らせた。
暗闇より救い上げた王太子は、偽りの美談を誇らしげに語る。
この物語は少女が真の幸せをその手に掴むまで続くのだ、と。
そうなれば目障りなのは現在の婚約者。
美しく優秀ではある。が、生真面目過ぎて面白みに欠けている。
しかし国王夫妻の目もある為に自分のこの我儘は許されまい。
ならば引きずり落してしまえば良かろう。地の底まで。
ついでに自身の「おふざけ」も彼女へ擦り付けてしまえば良い。
◆
公爵家の政治力をもってしても悪評がぬぐえなかったのは、ただ。
更に上の立場の者が、悪評をまき散らしていたからに他ならない。
抗弁にも疲れ切り、全てを諦めて、吊るされた縄の前に立ち、
かつての婚約者とその共犯者達の期待するような歪んだ笑みを見て、
元公爵令嬢は全てに得心がいった。ああ、自分は邪魔でしたかと。
この世界に自分の味方はいない。肉親ですら。
国王夫妻も息子可愛さからか、真偽を調べようとすらしなかった。
絶望と共に、抱いた事のなかった激しい感情も巻き起こる。
ここでこの身は潰えても、この憎悪は消し去れぬ。
現世が終わるならばかの者達へは来世で償わせよう。
細い首へ縄がかけられ、足元の板が外されてその身が落下する。
大衆の歓声を聞きながら、彼女の意識はそこで途切れた。
◆
目を開けると、粗末な棺の中であった。
石で打たれてあちこちが痛むのも気にならず、がばりと身を起こす。
ここは覚えがある。確か身分ある罪人を処刑した後の霊安室だ。
処刑台から降ろされた後、城内のこの場所へ運び込まれたらしい。
どうやら絞首刑では自分の生命の炎は消せなかったのだろう。
今、周囲には誰もいない。警備の兵すら。
この場を去るなら今しかなかろう。
棺が軽ければ、息を吹き返した事がすぐ知られてしまうだろう。
辺りを見回せば土嚢がいくつか置かれている。これを詰めよう。
痛みをこらえつつ棺から出て、土嚢を詰め込み始める。
自分と同じ重さ程度詰め込んで、なぜ土嚢があったか理解する。
床の一部がはがれており、底には穴が開いていた。
土嚢はこれを塞いでおくものだったらしい。
穴を囲むよう土嚢を並べると、人ひとりが隠れる程度隙間がある。
彼女はそこに身を潜め、息を殺して機を待った。
◆
床に潜んだ彼女には気づかれる事なく、棺は運び出される。
霊安室は薄暗く、墓地の管理人達は土嚢を気にも留めなかった。
人の気配がなくなった後、彼女は抜け出し王城を後にする。
王太子妃教育を受けた彼女は、隠し通路の場所も把握していた。
抜け出た先は王家ゆかりの使用されていない屋敷である。
一息つけた彼女は身を休めつつ、今後の行動を考える。
単に国が手の届かぬ場所へ逃げるか、それとも復讐するか。
今は身分を証明するものもない、資金もない。
ただ逃げるにしても、この格好は目立つ。
悩んだ挙句、夜を待って適当な民家へ押し入り、
多少の金品と着替えを盗み、隣国へと逃走した。
彼女にとっては初めての悪事であろう。だが良心は傷まない。
自分に石を投げつけた、この国の大衆も自分の敵なのだから。
◆
半年後。
公爵令嬢を冤罪で処刑した王太子と男爵令嬢、
それを碌に精査せず放置した国王夫妻と貴族達、大臣達は。
王都広場の処刑台の前にいた。
ちなみに今回は大衆はいない。そもそも広場の周囲は焼野原である。
逃げ延びた元公爵令嬢は、隣国に着くや隣国の王へ書簡を送った。
そこには王城の構造、国境の兵の配置と弱点、侵攻時に有効な経路、
抑えるべき拠点、その他王国の急所が克明に記されていた。
書簡には元公爵令嬢の名はない。ただ「王国を憎む者」とだけ。
隣国の王は半信半疑だったが、調べさせれば書簡の記述は正しく、
この機に目障りな王国を潰すべしと軍を動かした。
電撃作戦は見事成功、王国はあらゆる弱点を突きまくられて敗北。
王都も焼野原と化して死傷者は数えるのが恐ろしいほどに。
捕らえられた王国上層部は訳が分からなかった。
隣国への警戒は怠らなかったものの、ことごとく裏をかかれ、
自分達すら気づいていなかった弱点を徹底的に攻められた。
定められた末路に国王夫妻や貴族達が嘆いている中、
元王太子はかつての婚約者をぼんやりと思い出していた。
同じ絞首刑で命を落とすのは、あの女の呪いなのだろうか。と。
これは呪いではない。ただの復讐である。
彼女は処刑を見届ける事もせず、異国の新聞で事実だけを知った。
復讐を終えて興味を失った彼女には、それで充分だった。
もっと残酷気味でも良かったかもしれない




