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悪役令嬢やりきらないと出られないループ

作者: 春呼
掲載日:2026/04/03


「なんですの、これ」


 私の目の前には空中に浮かぶ光る文字。

 随分冗長かつ横柄なそれを要約すれば【第一王子と特待生の恋路のスパイスとして悪役に成り切れ】との事らしい。

 全く馬鹿馬鹿しい。


「付き合ってられませんわ」


 私は不愉快な文字のことは無視することにして侍女を呼び付け準備を済ませると、新入生を迎える側として入学式へと向かいました。


 その後、まるであの文字列の内容を証明するかのような退屈極まりない劇の如きいざこざも起きましたが、時間の無駄だと無関心を貫いて一年。

 予想通り第一王子と特待生の破滅を見届けて、私はハッと目を覚ましたのです。






 覚えたのは既視感。

 目の前には一年前に見た物とそっくりの宙に浮かぶ光る文字列。

 唯一違いがあるとするならば、以前はなかった冒頭に追加された一文でしょう。


【これで理解できましたか?】


 ──本当に馬鹿馬鹿しいわ。

 確かめる様に視線を巡らせれば、先程ようやく帰って来れてひと心地ついていた談話室ではなく自室であり、服装も王立学園の卒業パーティーのために誂えたドレスではなくネグリジェで、部屋の内装も状況も一年前のあの日と相違ない。

 つまり、この業腹な指示に従わない限り私に卒業式以降の未来は訪れないという事なのでしょう。

 ──一体何様のつもりなのか。

 沸き上がる憤怒を、口から飛び出そうになる罵倒をなんとか飲み込んで頭を切り替える。

 ──こんな無礼者に声を掛けてやる価値すらないわ。

 私は以前と同じように侍女を呼び付けて準備に取り掛かります。

 その間も思考は巡らせたまま今後どうするか算段を立てていきました。



 第一王子と特待生の恋路のスパイスとして悪役に成り切る──要するに二人の邪魔をすれば良いだけでしょうと、二度目の茶番を静観し私は最低限の情報が出揃ったところで父の執務室へと向かいました。


「お父様、私の婚約者のことでご相談がございます」

「どうした改まって。第一王子に何かあったのか?」

「実は……」


 そうして集めた証言と共に、私の婚約者である第一王子が平民の特待生にうつつを抜かしている事を告げれば、お父様は眉を顰めながらも最後まで聞き届け「わかった。後はこちらで対処する」とお応えくださいました。


 その後、特待生は学園を辞して私は見事悪役として二人の恋路の邪魔を達成し、憂なく卒業式を迎えたのです。






【そうじゃない】


 目の前にはまた光る文字。一年前の自室。

 冒頭の一文がまるで咎めるような物に変わっていますが文句を言いたいのはこちらです。

 ──この私に指図しておいてどこまで不敬なのか。

 普通の貴族であれば目障りな平民など、さっさと消すに決まってますでしょうに命を取らなかっただけでも温情を掛けてやった方ですわ。

 けれどこの無礼者に眉一つすら動かしてやるのすら耐え難く、私は常と変わらぬ流れで準備を進めます。

 どれほど馬鹿馬鹿しくとも暫くはこの喜劇で踊ってやらねばならぬのですから。

 ああ本当に、馬鹿馬鹿しい。



 前回の件で遠回しなものは好かれないとの事だったので、お望み通り直接的なものにしましょうと、情報収集するまでもなく三度目も同じ日時に二人っきりで出掛けたゴミ共に暴漢をけしかけました。

 王族ともあろう者が護衛も伴わずに仮にも思い人を連れ出すのですから、さぞかし腕に自信がおありなのでしょうと思いきやあっさり床とお友達になって、思い人は無惨にも殺されてしまったよう。

 その思い人は一応公に認められた聖女でもありますから、その聖女が暴漢に殺されるなどとんだ失態ですわね?

 勿論私は足が付かぬようにした上で、跡を付けさせている密偵から事のあらましを聞きましたけれど、まあ笑いを堪えるのが大変だったこと大変だったこと。

 両陛下にもその醜聞は知れ渡ることとなればまさに死人に口無し。当然のように平民娘が殿下を唆し連れ出した末の悲劇として取り扱われ、この件は幕を閉じました。





【恋愛系の劇、ちゃんと見た事あります?】


 ──どこまでも不敬ね此奴。

 最早驚きもないその浮かぶ文字列を一瞥だけして私は侍女を呼び付けるとさっさと支度を始めました。

 不快な存在と長く一緒にいたいと望むような変人ではありませんからね。



 それから私は幾度もこの三流以下とも呼べる茶番劇に付き合ってやりました。

 暴漢がダメなら毒かと二人が出掛けた先の食事に特待生にだけ毒を混入させて体を不自由にしてやったり。


【一々やり方がえぐ過ぎる】


 もしや学園内でがお望みかと、学園寮に住む特待生の部屋に刺客を送り込んで亡き者にしたり。


【実際に消そうとするのはやめよう?】


 では心を折られるのがお望みかと学園に勤める平民に襲わせて純潔を散らしたり。


【性暴力に走るのもやめよう?】


 仕方ないわねと徹底的に私の元には辿り着かぬ形で私の派閥外の男子生徒達をけしかけ、リンチさせたりした。


【暴力なら良い訳じゃないからね? あと黒幕に辿り着けないミステリーってどうなの?】


 ──本当に注文が多いわね。

 うんざりした気持ちで、それでもこの茶番劇から抜け出すためだと、ついに私は大変不本意ながらお望み通りの振る舞いをしてやる事にしました。


 派閥の令嬢達を暗に唆し、ささやかな嫌がらせや忠告、生温い傷害、そんなつまらない事をさせるに至ります。

 そうすれば件のお二人は溜息を吐きたくなるほど予想通りに動き、あからさまなヒントから私が黒幕だと突き止めて、わざと残してあげた証拠を嬉々として集めて卒業式後のパーティで盛大に断罪劇を繰り広げてきました。


「聖女にこの様な悪事を働く者は王族に連なる資格はない! よって、貴様との婚約を破棄する!」

「左様ですか」


 きっとあの文字の主がここで望むのは大仰な反応であろうが、ここまで付き合ってやったのだからそんなもの求められたとてやる気など起きる筈がない。

 私の反応に納得いかないのかゴミ共がギャンギャン吠えていますが退屈極まりないやり取りに応えてやってるだけ有難いと思って欲しいくらいですわ。


 そうして卒業式のつまらない見せ物は、ゴミ共が新たに婚約を結ぶ形で幕を下ろし、私は聖女を害した罪として牢獄に繋がれた状態で朝を迎え──




 ──なら、もうよろしいわよね?




「ッこれは一体どういう事ですか!?」


 私の目の前には無様に転がる聖女と、それを取り囲む騎士達。

 手足を縛られ、魔封じの首輪まで着けられたその様は、まさに地べたで蠢く虫の如しでとってもお似合いの姿に笑みが浮かぶ。


「どういう事か? それはこちらの台詞ですわ聖女様。いえ、既に称号は剥奪されてますから元聖女ですわね」

「称号の剥奪!? な、なんで……」

「なんでも何も、ご自身が一番理解されているでしょう? ……私用で禁術を行使されていたのですから」

「ッ!?」


 ゴミの顔が青褪める。あまりにもわかりやす過ぎて学園で何を学んできたのかと溜息を吐きたくなるような有様ですわね。

 この方に至っては他の方よりも沢山学べた筈ですのに。


「聖女の力は国の為に行使すべきもの。それは貴女が聖女として神殿に保護された時に徹底的に教え込まれたと、教育期間中は毎朝それらを含む掟を暗唱させていたと関係者からも証言がありましてよ? だと言うのに貴女は自分の為に行使した。──よりにもよって『時戻り』などという禁術を」

「そ、れは………………いえ、証拠は。……証拠はあるのですか!?」

「勿論、ありますよ」

「え」


 私がにこりと微笑んでから視線をある人物に向ければその方は頷いてから一歩前に進み出ました。


「今回調査に協力してくださった魔術研究塔の第一人者よ。貴女が禁術を行使した二回目からお声掛けして協力してもらっていたの」


 そう、私はただ唯々諾々と茶番に付き合っていた訳ではない。このくだらない役目を私に強いた犯人を絶対に地獄に叩き落とすべく同時に調査していたのだ。


 光る文字から滲む幼稚さと示す対象からほぼ犯人は割れていた。


 ならばあとは確実に追い詰めるための証拠を揃えるだけ。


 私の行動が常に監視されている訳ではない事はゴミの行動でわかっていました。あくまでも望まぬ結果になる度に時を戻し、光る文字で指示を飛ばす。

 繰り返しの最初と最後だけの干渉だ。

 術者が死んでも自動で発動している事から、条件が指定されているのだろうとも推測されました。

 それらを元に魔力の痕跡を辿るべく調査したのです。


「で、でも、時戻りの禁術で記憶持ちを指定できるのは術者ともう一人だけの筈! それで調査なんて……」

「ええ、ですから私も今回の件で魔術の知識がかなり身に付きましたわ。お陰様で、こんな物も作れるくらいに」


 さらりと髪を掻き上げて耳元を飾るピアスを見せる。それは記録のピアス。時戻りにも付いて来れる特別製ですわ。


「今回の時戻りは術者が死亡した場合は死亡から半月後、生きている場合は卒業パーティーの日の夜までに条件を達成してない場合にのみ発動している様でした。ですからその間、証拠を掴む為の物を用意すべく時間を割いたの。本当に苦労させられましたわ」


 目を見開くゴミに見せ付ける様に私はうっそりと微笑む。


「でもその甲斐あって術が行使された際の魔力痕を辿り、犯人を特定できる優れものが出来ましたわ。これは素晴らしい事よ。ある意味、今回の不祥事は技術の発展においてだけ寄与できたと捉えるべきかしらね?」

「そ、んな……」

「因みこちらの製造方法も、収集した証拠が十分有効なものであることも既に公開して立証済みよ」


 私が立ち会いの監査官達に目を配れば彼らは一様に頷きそれが正しい事を元聖女に告げる。


「これでわかったかしら? 言い逃れなど出来なくてよ元聖女様」


 私がそう告げれば、ゴミはがくりと首を落として観念し、騎士達に連れられて行った。





「……何しに来たんですか」


 私が一時入れられていた貴族牢とは比べ物にならないほど薄暗くじめじめと汚らしい牢屋の前に立てば、中の人物が覇気のない声で問い掛ける。


「私を笑いに来たんですか? ええ、きっとそうでしょうね。貴女のせいで私の人生はめちゃくちゃになったんですから。そう、そうよ……全部あんたの所為よ。彼は私の運命の相手なのに……なのに、あんたが最初からゲーム通りに動いてくれないから! 私だって、あんな事しなくて済んだのに……! あんたの、あんたの所為よ! ッどうせあんたも転生者なんでしょう!?」

「…………少しは反省されているのかと思えば、訳のわからない事を。聖女とは、心根までそうではないのかしら?」


 つらつらとあの光る文字の如き長ったらしい妄言を吐いて責任転嫁してくる相手に私が心底不愉快だと態度で示せば、「まさか、違うの……?」となにやら勝手に絶望した様子。

 元々頭がおかしい方だったのかしら?

 こんなのが聖女に選ばれたなんて、やはり選定方式の見直しをした方が良いのでしょうね。


「まあいいわ。私はただひとつ、確認に来ただけよ」


 一度目を瞑ってから仕切り直しにそう言えば「……確認?」と牢の向こうの相手が首を傾げる。


「ええ、ひとつだけね。……ねえ元聖女様、」


 訝しげな相手に、すっかり落ちぶれて以前の輝きを失った姿に、私は既に確信している事を問い掛ける。


「私、これでも観劇が趣味でしてね。貴女はいつぞや"あの様"に私を評しましたけれども、恋愛系の劇も好んでおりますの」


 何度も何度もその結末を見てきた。


「ヒーローとヒロイン。運命の二人。大変よろしいですわよね? あらゆる苦難を乗り越えて、ヒロインの危機とあれば身を呈し助けだすヒーロー、私も憧れますわ」

「………………て」


 何度も何度もその後を見てきた。


「敵には立ち向かい、攫われれば世界の果てでも追いかけ、いつだってヒロインを守ろうとしてくれるヒーロー。素敵ですわよね」

「……めて……やめて」


 私が言葉を続ける程に、目の前の相手の表情が強張る。怯えが滲む。醜く歪んで──夢がひび割れる。


 ああ、愉快で堪らない。




「それで? ──貴女が必死に縋った王子様は、一度でも救いに来てくれましたの?」




「あ、あ…………ああああああああああッ!!」




 狂った女の絶叫は止まない。

 そんな血が飛び散るような慟哭を背にして私は、軽やかに黴臭い場所を後にした。





「ふう、やはりあんな所、長く居たいものではないわね」


 暖かい日差しと爽やかな外の空気を吸い込みながら私は、澄み切った青空をふり仰ぐ。

 ようやく一区切りついたのだと、あのくだらないループから真に抜け出せたのだと、解放感がこの胸を満たす。

 そうして暫し余韻に浸ったあと私は視線を、ふっと横にずらした。


 そこには眩い威光を示すかのように聳える王城があって。


「──さあお次は、その"王子様"ですわね。私を蔑ろにした報い、しっかり受けてもらいますわよ?」


 私はうっそりと微笑んで、一歩踏み出した。

攻略対象が複数いたり、恋仲にならないエンドがある恋愛ゲームにおいては、主人公に運命の相手っていないのかもと思ったりする今日この頃。

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― 新着の感想 ―
ゲームのリプレイ機能を真面目に考察するとこうなるかー。悪役令嬢が賢女で、ヒロイン(笑)と王子はこの人を敵に回した時点で詰んでる。
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