スノードームの住人
冬の夕暮れ。商店街の端にある、古道具屋ともつかない奇妙な店「刻を止める店」。 店内の棚には、埃を被った振り子時計や、色の剥げた木馬がひしめき合っている。 奥のカウンターで、ユキ(34)がスノードームを磨いている。 彼女の指先は冷え切っているが、その動きは執拗なほど丁寧だ。
カラン、とドアの鈴が鳴る。 小学生の正太(10)が、コートの襟を立てて入ってくる。その顔は、今にも泣き出しそうに強張っている。
ユキ:「いらっしゃい。ここはね、失くしものを探しに来る場所。あなた、何を落としたの?」
正太は俯いたまま、消え入りそうな声で答える。
正太:「……勇気。明日、転校するんだ。でも、クラスの誰にも言えてない。僕がいなくなっても、誰も気づかないと思うから。僕には、みんなみたいなキラキラしたもの、何もないんだ」
ユキは磨いていたスノードームを置き、正太をじっと見つめる。彼女の瞳は、冬の夜空のように澄んでいて、どこか寂しげだ。
ユキ:「キラキラ。みんな、その言葉が好きよね。でもね、目に見える光だけが光じゃないの」
ユキは正太をカウンターの内側に招き入れる。彼女が棚の隅にある、一番古くて黒ずんだスノードームを手に取り、大きく一度だけ振った。
ユキ:「ほら、見て」
その瞬間、店内の空気が一変する。 古い蓄音機から、歯車が噛み合うようなカチャカチャという音が響き渡り、店中のガラクタたちが一斉に震え出した。棚の隙間から、無数の光の粒が噴き出し、まるで小さな流星群のように狭い店内を飛び交う。
正太:「わあ……!」
賑やかで少しお調子者の魔法が、静かだった店をパレードに変えていく。 ユキは、宙を舞う光の粒の一つを指先で捕まえる。
ユキ:「これは、あなたが図書室で誰かに黙って椅子を引いてあげた時の光。こっちは、雨の日に誰もいない花壇の芽を心配した時の光」
正太の目の前に、彼自身も忘れていた小さな善意が、銀色の結晶となって映し出される。
ユキ:「ねえ。冬の息が白くなるのは、言葉に熱があるからよ。あなたが伝えないまま飲み込んだ熱が、このドームの中で雪になってるの」
ユキの言葉は、正太の胸の奥の一番柔らかい場所に直接届く。
ユキ:「この雪が落ちきるまでの五分間。それだけあれば、十分。あなたは世界で一番正直になれる」
ユキは、そのスノードームを正太のポケットにねじ込んだ。
正太:「これ、借りていいの?」
ユキ:「貸し出しは無料。でも、返却期限は明日まで」
翌日。正太は教室の真ん中で、クラスメイトたちに囲まれていた。 ポケットの中のスノードームをぎゅっと握りしめると、不思議と胸の奥が温かくなった。彼は初めて、大きな声で「さよなら」と「ありがとう」を伝えた。 その時、教室の窓から差し込んだ冬の陽光が、正太の目からこぼれた一粒の涙を、どんな宝石よりもキラキラと輝かせた。
放課後。正太は空になったスノードームを返しに、あの場所へ走った。 しかし、昨日まで店があった場所には、ただの古い空き地が広がり、一本の大きな樫の木が立っているだけだった。
正太:「……ユキさん?」
立ち尽くす正太の足元に、何かが落ちている。 あのスノードームだ。 拾い上げて中を覗くと、不思議なことに、中の風景が変わっていた。 そこには、店番をする大人のユキではなく、二十年以上前の、古めかしい制服を着て泣いている一人の少女が閉じ込められていた。
少女の手には、正太がさっき流したのと同じ、一粒の輝く涙の結晶が握られている。 彼女は、かつて自分が言えなかった「さよなら」を、未来から来た正太に託すことで、自分の凍った記憶を溶かしたのだ。
空から、本物の初雪が舞い落ちてくる。 正太はスノードームを大切に抱きしめ、新しく住む町の方角へと歩き出した。 背後で、風に揺れた樫の木の枝から、パラパラとダイヤモンドダストがこぼれ落ち、冬の空へと消えていった。




