Scene 2:錆びた歯車と試練
情報収集のため、スカーレットは旧市街にある古びた時計店を訪れた。
店主のガレットは、公爵家に反発する元技術者だ。
彼に接触し、反公爵派の隠語を伝えたものの、ガレットは疑いの目を向けてきた。
「口先だけなら何とでも言える。……お嬢ちゃん、こいつをどう扱う?」
ガレットは、動かなくなった複雑な懐中時計をカウンターに置いた。
彼にとっては、スカーレットが魔法で強引に直そうとするか、あるいは手も足も出ないかを見定めるための試練だった。魔法の使い方で、素性が割れるからだ。
「……道具を貸していただけますか?」
スカーレットは悪戯っぽく微笑み、精密ドライバーとピンセットを借り受けた。
そして、劉玄雲の持つ現代知識と、スカーレットの器用さを融合させ、目にも止まらぬ速さで時計を分解し始めた。
「なっ……!?」
ガレットが驚愕する。魔法ではない。完璧な機械工学への理解に基づいた物理分解。
スカーレットは瞬く間に故障箇所を特定した。
「……やはり。この三番目の歯車、一箇所だけ欠けていますわ。同じタイプの在庫はありますか?」
「い、いや……その型は古すぎて、もう在庫がないんだ」
ガレットが答えると、スカーレットは少し考え、指先に微弱な魔力を集中させた。
【錬成魔法】。
だが、時計全体にかけるのではない。欠けた歯車の一部分、そのミクロな領域だけを、魔力で物質変換して再生させたのだ。
カチッ。
再構築された歯車が組み込まれ、懐中時計が力強い鼓動を刻み始める。
「お眼鏡にかないまして?」
「……その魔法のパターン、記憶にある。まさかあんた、エレナ様の娘か?」
ガレットの声が震えた。
母、エレナ。かつて彼女の優しさに救われた者の一人が、ここにいたのだ。
スカーレットの瞳に、少しだけ涙が滲む。
「……あら、母をご存じで?」
母は生きている。だが、それを悟られてはならない。
スカーレットは心の中でガレットに詫びながら、亡き母の娘として振る舞った。
「ここにきたということは……バルカスのことを知りたいんだな?」
ガレットは態度を一変させ、重い口を開いた。
彼が語ったのは、バルカス公爵領の異常な技術発展と、その裏にある悲劇だった。
かつて賢公と呼ばれたバルカスだが、二年前に妻と愛娘を不慮の事故で失って以来、人が変わったように冷酷な独裁者となり、国への反逆を画策し始めたという。
スカーレットは、ガレットから城の死角情報(もっとも、二年前のデータだが)を受け取り、店を後にした。




