第3章:虎穴に入らずんば Scene 1:偽りの市民権
三日間の旅路を終え、魔導特急『ニーズヘッグ』は終着駅、バルカス中央駅へと滑り込んだ。
プシューッ、という排気音と共に扉が開く。
降り立ったスカーレットの目に飛び込んできたのは、圧倒的な「秩序」だった。
幾何学的に整備された街路、魔導灯による完全な照明、そして空を巡回する小型の自律飛行型魔導具。
他の領地とは文明レベルが半世紀は違う。
だが、スカーレットが眉をひそめたのは、その「入口」の光景だった。
「これより入国審査を行う! IDカードと魔力波紋の提示を!」
改札口には、重武装の衛兵と、巨大なクリスタル製のゲートが設置されている。
【魔導スキャナ】。
通過する者の魔力量、属性、そして「敵意」の有無さえも解析する、バルカス領独自の超高度セキュリティだ。
コソコソ隠れて入ろうとすれば、即座に警報が鳴り響く要塞。
(……なるほど。ネズミ一匹通さないというわけか)
列に並ぶ人々の中には、緊張で冷や汗をかいている者もいる。
だが、スカーレットは優雅に日傘を畳み、涼しい顔で列に加わった。
彼女の脳内で、並列思考が高速回転を始める。
【思考領域A:劉玄雲】が体内の魔力循環を極限まで制御し、【思考領域B:スカーレット】が表面上の「無害な令嬢」の仮面を作る。
「次!」
無機質な衛兵の声。
スカーレットはゲートの前に立ち、 IDカードをかざした。
ブォン、という低い音と共に、不可視のスキャン波が彼女の全身を舐める。
もし、ありのままの彼女を晒せば、測定不能か、あるいは「S級危険因子」として即座に軍隊が飛んでくるだろう。
だから、彼女は「騙す(スプーフィング)」。
(魔力出力を九九%カット。属性値を「無」に偽装。敵意判定回路をバイパス……)
それは魔法技術というよりは、ハッキングに近い技巧。
劉玄雲にとって、この程度の「論理」は武術の呼吸と同じだ。かつて学んだ書物にある「セキュリティ・ホール」の概念を、魔力操作で再現する。
『認証完了。……属性:一般市民。魔力ランク:E(低)。危険性:なし』
機械的な合成音声が響く。
衛兵は興味なさそうに手元のモニタを一瞥し、顎をしゃくった。
「よし、通れ」
「ありがとうございます。……あの、少しよろしいですか?」
スカーレットは通過しかけて立ち止まり、不安げに小首を傾げた。
ここで即座に立ち去れば、逆に怪しまれる。「初めてここに来た田舎娘」を演じ切る必要がある。
「なんだ?」
「この街は初めてで……お勧めの宿などはありますか? 治安が良いと聞いて参ったのですが、兵隊さんが多くて少し怖くて」
「ああ、心配いらん。ここは公爵閣下のシステム下にある。世界で一番安全な街だ」
衛兵の顔が、誇らしげに緩む。
スカーレットは「まあ、素敵」と花が咲くような笑顔を見せ、ゲートをくぐった。
(……チョロいな)
脳内の老武人が、鼻で笑った。
最大の関門を、彼女は堂々たる「正面突破」でクリアしたのだ。




