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終章:雪解けの宴、国造りの設計図

 霊峰「白銀の牙」での激闘から三日後。

 スカーレットたちは、山の麓にある宿場町に降りていた。


 町の中心にある高級レストラン「白樺の館」。

 その貸し切り個室からは、夜通し賑やかな声が響き渡っていた。


「店員さーん! このメニューの端から端まで、あと三周分持ってきて!」


 マーガレットがテーブルに積み上げられた皿の山を前に、幸せそうに叫ぶ。


「はいはい、お酒も追加ですわよ〜。あ、今度は樽でお願いしますわ」


 セレスティアは顔色一つ変えずに、度数の高い蒸留酒を水のように煽っている。


「……はぁ。私の財布が軽くなっていく音がするわ」


 スカーレットは頭を抱えつつも、口元は緩んでいた。

 彼女は懐から、父ガルドを殺した張本人であるバルカスから巻き上げた(そして運用で増やした)小切手帳を取り出し、震える手でサインをする。


「ま、いいわよ。世界を救ったんだから、これくらいのご褒美はね!」


「お姉様太っ腹! 一生ついていく!」


「あら、スカーレット様。私のツケもお願いできます?」


「調子に乗るな!」


 レストランの店員や他の客たちは、この大食らいと大酒飲みの美女たちの集団に若干引き気味だったが、彼女たちが放つ「英雄的な覇気(と支払い能力)」に圧倒され、遠巻きに見守っていた。


          †


 翌朝。


 宿屋の一室には、重苦しい空気が漂っていた。

 主に、二日酔いの頭痛という形で。


「……頭が割れそうだ」


 スカーレットがベッドで呻く。


『飲みすぎだ、馬鹿者。俺の演算能力まで低下してるぞ』


 脳内で劉も呻いている。肉体を共有しているため、二日酔いのダメージも共有リンクしてしまっているのだ。


 そんな中、唯一涼しい顔をしているセレスティア(彼女の肝臓は異次元に繋がっているらしい)が、優雅に紅茶を淹れながら切り出した。


「さて、酔い覚ましに真面目なお話をしましょうか」


 彼女は窓の外、遠くに見える王都の方角を見やった。


「今回の『超越者』による干渉……それを許したのは、他ならぬこの国の王家の怠慢ですわ」


『……やはり、そうか』


 劉が痛む頭を抑えながら同意する。


『俺の解析によると、この国の王家はもともと、凄まじい魔導能力を持った一族だったらしい。

 初代国王は、俺と睡蓮が苦労して作った「世界隔絶結界」とほぼ同等のシステムを単独で構築し、その管理・維持を担う代わりに王として君臨した』


「つまり、王様はただ偉いだけじゃなくて、『世界の管理人』だったのね」


 スカーレットがこめかみを揉む。


「ええ。ですが、代を重ねるにつれ、その崇高な目的は忘れ去られました」


 セレスティアが冷ややかに告げる。


「平和ボケした子孫たちは、結界の維持よりも権力闘争に明け暮れた。その結果、結界に綻びが生じ、『悪意の真実』の侵入と、超越者の干渉を許してしまったのです」


「……最悪じゃない」


 スカーレットが吐き捨てる。


「で、どうします? 王家、潰しちゃいます?」


 セレスティアが物騒なことをサラリと言う。


『いきなり無くすのも角が立つからな。……扶桑国の政治システムを導入するのがいいんじゃないか?』


 劉が提案する。


「扶桑国? ……ああ、立憲君主制ね」


 セレスティアが納得顔で頷く。


「……なにそれ。今の貴族制とどう違うの?」


 スカーレットが怪訝な顔をする。


「簡単に言えば、王家は『象徴』として残しつつ、政治の実権は国民が選んだ代表や、専門知識を持つ官僚機構に移すシステムですわ。王様には結界の維持(神事)だけに専念してもらうのです」


「ふーん……。悪くないけど」


 スカーレットは嫌な予感がした。


「それ、誰が言い出して、誰がやるの? ……まさか私にやれって言うんじゃないでしょうね?」


『適任だと思うがな。救国の英雄にして、ヴァーミリオン家の当主』


「絶対イヤ! 私はまだ旅がしたいの! それに、一度ママにも会いに行きたいし!」


 スカーレットは全力で拒否した。国政なんて面倒くさい仕事、死んでも御免だ。


「私も、一度家に寄らないとなぁ……」


 珍しくしおらしい声で、マーガレットが呟いた。


「家出してから結構経つし、お父様に怒られるかも……」


「そういえば」


 スカーレットがジト目でマーガレットを見る。


「アンタ、前から思ってたけど……王家の三女に名前も容姿もそっくりよね?」


「ギクッ!?」


 マーガレットが視線を泳がせる。


「き、気のせいよ! 私はただの通りすがりの美少女拳法家だもん!」


『……まあ、その件は追々問い詰めるとして』


 劉が悪い笑いを含んだ声で言った。


『政治のシステム作り……面倒な実務は、あいつ(・・・)にやらせるか?』


「あいつ?」


『ああ。バルカスだ。……いや、俺の前世の記憶で言うなら、「眞垣まがき」の孫だな』


「眞垣……?」


 スカーレットは首をかしげたが、すぐに思い当たった。


 かつて父の仇として立ちはだかり、今は改心して領地経営に励んでいるはずの男。ゲオルグ・ヴァン・バルカス公爵。


「ああ、あの眼鏡執事みたいなやつ! ……でも、なんで彼?」


『あいつの中に、俺の前世の世界で「高級官僚」をしていた男の魂が混ざってるのが見えたんだよ。

 真面目で、仕事熱心で、胃薬が手放せないタイプのな』


 劉は楽しそうに語る。


『パパを殺した報い(・・)も、まだ十分に受けてもらってないしな。死ぬほど働いてもらって、国を立て直させるのが一番の贖罪だろう?』


「……なるほど。名案ね」


 スカーレットは悪魔的な笑顔を浮かべた。

 面倒ごとは全部、あの真面目な男に押し付けよう。それがいい。


「よし、決まりね!」


 スカーレットはベッドから飛び起きた。


「目指すはバルカス領! ……そこで美味しいものを食べて、面倒な書類を全部彼に渡して、私たちは高飛びよ!」


「おー! また宴会ね!」


「ふふ、バルカス殿の胃に穴が空かないか心配ですわ」


 三人は荷物をまとめ、宿を出た。

 空は突き抜けるように青い。

 雪解けの水が、新しい季節の訪れを告げていた。


 紅の龍たちの旅は、まだ終わらない。

 だが、ここから先は、きっと「戦い」よりも「楽しいこと」がたくさん待っているはずだ。


 スカーレットは青空に向かって、大きく伸びをした。


「さあ、出発よ!」


(第4部 完)

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