表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
53/56

第5章:柔らかなる毒、次元を穿つ愛

 氷原の一角では、大気が悲鳴を上げるほどの重低音が響き続けていた。


 ドゴォォォォォッ!!


 衝撃波が雪を巻き上げ、クレーターを作る。


「オラオラオラァッ!! どうした紅蘭! 借りてきた猫みたいにお上品な拳じゃない!」


 マーガレットが吼える。

 彼女の拳は、陳美麗が得意とした剛拳・『羅王拳らおうけん』。

 一撃必殺の破壊力を、怒涛の連打で叩き込む制圧前進。


「フフッ、相変わらず野蛮な戦い方ですわね、老師」


 対する李紅蘭もまた、同じ『羅王拳』で応戦していた。

 真っ向からの打ち合い。

 拳と拳がぶつかるたびに、火花のような魔力が散る。


(……チッ、硬い!)


 マーガレットは舌打ちした。

 技術は互角。だが、スミスが言っていた通り、紅蘭の身体スペックは異常なほど強化されている。  「剛」の打ち合いでは、出力パワー耐久力タフネスに勝る紅蘭が徐々に押し始めていた。


「どうしました? 息が上がっていますよ?」


 紅蘭は涼しい顔で、マーガレットの豪腕を弾き返す。


「貴女の羅王拳は確かに強力ですが……所詮は『古い』。私の演算能力と身体スペックの前では、ただの力任せの暴力ですわ」


「うるさいっ! 愛があればスペックなんて関係ないのよ!」


 マーガレットがさらに踏み込む。


 渾身の右ストレート。

 岩盤をも砕く必殺の一撃。

 だがその瞬間、紅蘭の雰囲気が変わった。


 剛直な岩のような気配から、掴みどころのない流水へ。


「……あら、まだ気づいていらっしゃらない?」


 紅蘭が、ふわりと脱力した。

 マーガレットの拳が紅蘭の胸元に突き刺さる――はずだった。

 しかし、その感触は「ヌルリ」とした不快なものだった。


「なっ……!?」


 拳が滑る。

 紅蘭は身体を蛇のようにくねらせ、衝撃を完全に受け流していたのだ。

 そして、流れるような動作でマーガレットの懐に潜り込む。


「私の家に伝わる秘伝……『李氏綿華流水拳りし・めんかりゅうすいけん』」


 紅蘭の掌が、マーガレットの顎を撫でるように打ち上げられた。


 パンッ。


 軽い音。

 だが、脳が揺さぶられ、視界が明滅する。


「ぐっ……ううっ!?」


 マーガレットがよろめく。


 そこへ追撃の掌底、肘打ち、足払いが襲いかかる。

 一撃一撃は軽いが、急所を的確に突き、重心を崩し、反撃の芽を摘む絶妙な連撃。


「剛の拳しか知らない貴女には、この『柔』の極致は理解できなくて?」


 紅蘭が舞うように攻め立てる。

 マーガレットは防戦一方だった。

 殴ろうとしても柳に風、捕まえようとしても水のようにすり抜ける。

 剛拳の天敵。

 しかも、スペック差で上回る相手による完璧な柔術。


「がはっ……!」


 マーガレットは氷上に叩きつけられた。


 立ち上がろうとするが、三半規管が狂わされ、平衡感覚がない。


「終わりですね、美麗老師。……愛していましたよ、貴女のその単細胞な強さを」


 紅蘭が右手に紫色の毒気を纏わせた。

 かつて陳美麗を殺した猛毒の手刀。それを心臓に突き立てようと振りかぶる。


 絶体絶命。


 だが、その時。

 マーガレットの口元が、ニヤリと吊り上がった。


「……単細胞? 誰が?」


 ドクンッ!!


 マーガレットの背後から、黄金の光が噴き出した。

 それは単なるオーラではない。

 空間そのものが歪み、千切れるような亀裂が無数に走る。


『やれやれ、みっともないわねぇ美麗』


 マーガレットの口から、彼女のものではない声――「第三の魂」の声が響く。


『柔よく剛を制す? ちゃんちゃらおかしいわ。圧倒的な「質量」の前には、小手先の技術なんて無意味なのよ』


「な、何ですの……その気配は!?」


 紅蘭が初めて警戒の色を見せ、バックステップで距離を取る。

 マーガレットがゆらりと立ち上がった。

 その背後には、まるで千手観音か阿修羅のような、無数の腕の幻影が揺らめいている。

 それは幻覚ではない。異なる次元から干渉してくる「実体」の投影。


「ねえ紅蘭。アンタの流水拳は、あくまで『この世界(3次元)』の物理法則を利用した受け流しでしょ?」


 マーガレット(第三の魂)が指を鳴らす。


「じゃあ、避ける場所がない攻撃なら、どう受け流すのかしら?」


 彼女が拳を構える。


 ただの正拳突き。

 だが、その構えと同時に、紅蘭の前後左右、上下、あらゆる空間に「拳の波紋」が出現した。


「第三の魂・限定解放……『多次元同時攻撃マルチバース・ストライク』・再現率80%」


 マーガレットが拳を突き出した。


 一発。


 たった一発の突きが、次元の鏡に反射し、増殖し、数百の拳となって紅蘭に殺到する。

 正面からの拳を受け流しても、背後から、頭上から、足元から、同時に拳が迫る。


「きゃあああああっ!?」


 紅蘭の悲鳴。


 流水の防御など成立しない。

 これは技術の攻防ではない。

 空間そのものを飽和攻撃で埋め尽くす、理不尽な暴力。


 ドガガガガガガガガガッ!!!!!


 紅蘭の身体が、四方八方から見えない拳にタコ殴りにされ、空中に固定されたまま滅多打ちにされる。


「ははっ! すごい! これなら避けようがないわね!」


 主導権を取り戻したマーガレット(陳美麗)が笑う。


「さあ紅蘭! 私の愛(拳)を、骨の髄まで受け止めなさいッ!!」


 圧倒的な逆転劇。

 だが、第三の魂が警告する。


『調子に乗るんじゃないわよ。今の身体じゃ80%が限界。……長続きはしないわ』


 タイムリミット付きの無双モード。

 マーガレットは、このわずかな時間に全てを賭けて、かつての恋人へと突貫した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ