第4章:神域の演算、師を超える拳
白銀の氷原は、神話の戦場と化していた。
「せいっ!!」
スカーレット(劉)の拳が空を裂く。
だが、その一撃は元大悟の掌によって柔らかく受け流され、逆に強烈なカウンターが飛んでくる。
「甘い。殺気のリズムが単調だ」
元大悟は、まるで散歩でもするかのように優雅に動きながら、弟子を圧倒していた。
「二つの魂を同調させているのは見事だが、それゆえに『迷い』も二倍になっておる。……ワシを殴るのに躊躇があるか、玄雲」
『……ちっ! 痛いところを突きやがる』
劉は舌打ちした。
その通りだった。
目の前の老人は、前世で劉を拾い、育て、武の全てを叩き込んでくれた恩人。
たとえ偽物の端末だと分かっていても、拳を叩き込む瞬間にわずかなブレーキがかかる。
「その甘さが命取りだ!」
横合いからガルドの大剣が迫る。
スカーレットは魔法障壁を展開しつつ、バックステップで回避する。
「パパも! ……容赦なさすぎよ!」
親子と師弟。
最強の連携攻撃に、スカーレットたちは防戦一方だった。
だが、劉の思考回路は、防御の最中も高速で回転し続けていた。
『スカーレット、聞こえるか』
「……なに? 余裕なさそうね」 『分析が終わった。……こいつら、ただ強いだけじゃねえ』
劉の視界には、数値化された戦場のデータが流れていた。
ガルドと元大悟の動き。
その魔力パターン。
そこには、ある奇妙な「違和感」があった。
『こいつらの攻撃、こちらの回避行動を「予測」してるんじゃねえ。「誘導」してやがる』
「誘導?」
『ああ。俺たちが回避しやすいルートをわざと空けて、そこへ攻撃を集中させている。まるで……俺たちの思考パターンを完全に把握しているようにな』
スカーレットがハッとする。
そういえば、さっきからギリギリで避けられている攻撃が多い。
それはラッキーなのではなく、敵の手の平で踊らされていたのか。
『奴らの背後にある「超越者」の演算能力だ。俺たちの行動ログから最適解を弾き出し、端末に実行させている』
劉は冷静に結論づけた。
『つまり、このまま戦ってもジリ貧だ。……だから、賭けに出るぞ』
「賭け?」
『ああ。……「解析」の時間稼ぎだ』
†
一方、セレスティアの戦場。
そこは、この世ならざる異界の光景と化していた。
「ひゃははは! どうしたどうした! 逃げ回ってばかりかい、睡蓮ちゃん!」
惟蜜童満が扇子を振るうたび、どす黒い怨霊の群れが襲いかかる。
物理的な実体を持たない霊体攻撃。
通常の魔術師なら一瞬で精神を汚染され、廃人になるだろう。
だが、セレスティアは優雅に舞っていた。
彼女の周囲に展開された五色の結界が、怨霊たちを浄化し、光の粒子へと変えていく。
「……五行相克・循環。貴方の汚い呪いを、自然の魔力に変換してリサイクルしていますの。……エコでしょう?」
「チッ、小賢しい真似を……!」
セレスティアは微笑んでいたが、その内面では冷徹な計算が行われていた。
(……この男、単体ではそこまでの脅威ではありません。問題は、彼に魔力を供給している「ライン」ですわ)
彼女の翡翠色の瞳は、童満の背後に伸びる、目に見えない「因果の糸」を捉えていた。
それは空の彼方、次元の裂け目へと繋がっている。
超越者からの直接供給ライン。
これがある限り、敵の魔力は無尽蔵だ。
(断ち切るには、あちら側の「座標」が必要ですわね……)
セレスティアは懐から、特別な一枚の式札を取り出した。
白紙の札。だが、そこには劉玄雲が書き込んだ、複雑怪奇な「数式」が魔力インクで記されている。
「……あら、劉殿から通信ですわ」
彼女の耳元のピアス型通信機が震えた。
『セレスティア、聞こえるか。……準備はいいか?』
「ええ、いつでも。……でも、貴方の方は大丈夫ですの?」
『ギリギリだ。だが、やるしかない』
劉の声には、覚悟が滲んでいた。
『俺とスカーレットが囮になって、奴らの演算リソースを引きつける。その瞬間に生じる「ラグ」を狙って、お前が供給ラインを逆探知しろ』
「……了解しましたわ。相変わらず無茶な作戦ですけれど」
セレスティアは扇子を閉じ、童満を睨みつけた。
「さて、少し本気を出しましょうか。……貴方の飼い主様の『お家』を特定して差し上げますわ!」
†
劉の作戦。
それは、自らが「計算外の動き」をすることで、超越者の演算に負荷をかけ、一瞬の隙を作ること。
『行くぞスカーレット! 全開だ!』
「分かってる! ……パパ、覚悟してね!」
スカーレットの全身から、紅蓮の炎が噴き上がる。
同時に、劉の練り上げた氣が重なる。
魔力と氣の融合。
かつてないエネルギー密度に、ガルドと元大悟が警戒の構えを取る。
「来るか……!」
だが、スカーレットたちが放ったのは、攻撃ではなかった。
彼女は剣を地面に突き刺し、全魔力を大地へと流し込んだのだ。
「柳方流・奥義……【地脈共鳴】ッ!!」
ズズズズズズ……!!
霊峰全体が激しく振動した。
氷原が割れ、地下深くからマグマのような熱エネルギーが噴出する。
それは攻撃ではなく、フィールド全体の「環境改変」。
足場を崩し、視界を奪い、空間の魔力濃度をカオスに陥れる。
「ぬうっ!?」
元大悟が体勢を崩す。
超越者の演算は「戦闘行動」には最適化されていたが、「災害レベルの環境変化」への対応にはわずかな遅延が生じた。
『今だ、セレスティア!!』
劉が叫ぶ。
「はいはい、仰せのままに!」
セレスティアが白紙の式札を天に掲げた。
「呪法・【因果逆流】!」
式札が輝き、見えない光の矢となって空へと放たれた。
それは童満への供給ラインを遡り、次元の壁を越えて、遥か高みにいる「超越者」の居場所へと突き進む。
ピシッ。
空に、亀裂が入ったような音が響いた。
「……見つけましたわ」
セレスティアがニヤリと笑う。
「神様の『覗き穴』……その座標、頂きました!」
解析への第一歩。
だが、その代償として、スカーレットたちは激怒した「過去の幻影」たちの猛攻に晒されることになる。




