第3章:二つの魂、双対(デュアル)の武踏
氷原に剣戟の音が響き渡る。
スカーレットと父ガルドの戦いは、熾烈を極めていた。
「どうしたスカーレット! 防御一辺倒だぞ!」
ガルドの大剣が唸る。
一撃一撃が重砲のような威力。
スカーレットは柳方流の足捌きで直撃を避けているが、衝撃波だけで体力が削られていく。
(くっ……パパの剣、こんなに重かったっけ……!?)
スカーレットは歯を食い縛る。
精神的な動揺だけではない。
純粋に「端末」として強化されたガルドのスペックが、生前のそれを凌駕しているのだ。
その時。
スカーレットの死角――背後の吹雪の中から、白い影が音もなく忍び寄った。
殺気はない。
風の音すらない。
だが、劉玄雲のセンサーだけが、その「無」の接近を捉えていた。
『――後ろだ、スカーレット!』
劉の警告と同時に、スカーレットの身体が半自動的に反応した。
首を傾ける。
その数ミリ横を、鋭い「突き」が貫いた。
拳圧だけで空気が爆ぜ、スカーレットの頬が切れ落ちる。
「……ほう。今のを躱すか」
背後に立っていたのは、白い道着の老人――元大悟。
劉の前世における師匠であり、武の極致に達した拳聖。
「老師!」
スカーレット(劉)が叫ぶ。
元大悟は、穏やかな、しかし感情のない瞳で弟子を見据えた。
「玄雲か。……女の身になっても、勘は鈍っておらんようだな」
彼は構えを取った。
ただ自然体で立っているだけに見える。
だが、そこには一切の隙がない。
「だが、情けないぞ。二つの魂を持ちながら、その程度か。……ワシが教えた『理』を忘れたか」
ガルドが大剣を担ぎ直し、苦笑する。
「悪いな、スカーレット。ここからは『2対2』だ」
「卑怯だとは言うまいな? 戦場において数は力なり、だ」
元大悟もまた、淡々と告げる。
前衛に剛剣のガルド。
遊撃に神拳の元大悟。
物理的にも技術的にも最強の布陣。
「……上等じゃない」
スカーレットは口元の血を拭い、ニヤリと笑った。
その表情は、どこか劉のものに似ていた。
「ねえ、劉。爺さんの相手、お願いできる?」
『ああ。……あのアホみたいに強い爺さんに一発入れるのが、俺のガキの頃からの夢だったんでな』
スカーレットの瞳の色が変わる。
右目は紅蓮の赤。
左目は深淵の黒。
二つの人格が、肉体の制御権を完全に半々で共有する(シンクロナイズド)状態。
「行くわよ、パパ!」
『行くぞ、クソ爺!』
激突。
ガルドの大剣が振り下ろされる。
スカーレットはそれを剣で受け流しつつ、踏み込む。
その瞬間、元大悟が側面から掌底を放つ。
だが、スカーレットの左手が、まるで別の生き物のように動き、魔法障壁を展開してそれを弾いた。
「魔術と剣術の複合……面白い!」
元大悟が笑う。
彼の拳が加速する。
百裂拳のような連打。
スカーレット(劉)は、剣を振るう合間に、肘、膝、そして魔術による牽制を織り交ぜて応戦する。
父との剣戟。師との拳戟。 二つの異なるリズムが、奇跡的な調和を生み出していく。
†
一方、その戦いを少し離れた場所から見つめる者がいた。
セレスティアだ。
彼女は結界の中で、優雅に「火龍の涙」を啜っていた。
「あらあら、皆さん楽しそうですわねぇ。親子の触れ合いに、師弟の組手。……羨ましい限りですわ」
彼女には、まだ敵が現れていなかった。
いや、正確には「待たされている」状態だった。
「出てきたらどうですの? 隠れるのはお上手なようですけれど、その独特の『カビ臭い』魔力は隠せていませんわよ?」
セレスティアが虚空に向かって声をかけると、空間が揺らいだ。
紫色の霧が集まり、一人の男が姿を現した。
烏帽子に狩衣。
手には扇子。
扶桑国の貴族を思わせる優男だが、その瞳は爬虫類のように細長く、ねっとりとした視線をセレスティアに向けていた。
「……ククク。相変わらず鼻が利くねぇ、睡蓮ちゃん」
セレスティアの眉が、ピクリと動いた。
彼女がグラスを置く。
その表情から、いつもの余裕が消え失せていた。
「……やはり、貴方でしたか」
彼女の声が低くなる。絶対零度の殺気。
「惟蜜童満。……私のストーカー兼、かつて都を火の海にした大罪人」
現れたのは、歴史の闇に葬られたはずの邪悪な呪術士。
かつて賀茂睡蓮と拮抗し、彼女が生涯をかけて封印した宿敵だった。
「つれないなぁ。せっかく『超越者』様にお願いして、君と遊ぶためだけに蘇らせてもらったのに」
童満は扇子で口元を隠し、下卑た笑い声を上げた。
「君のその澄ました顔が、絶望で歪むところをもう一度見たくてねぇ……地獄の底から這い上がってきたんだよ」
彼の周囲に、どす黒い怨霊たちが実体化する。
その数は千、いや万。 過去に彼が殺し、使役した魂の軍勢。
「さあ、始めようか睡蓮ちゃん。千年の時を超えた、愛と殺戮の鬼ごっこを!」
「……吐き気がしますわ」
セレスティアは懐から式札を取り出した。
その枚数は、これまでの比ではない。
「貴方のような汚物は、消毒するに限ります。……今度こそ、魂の欠片も残さず消し去って差し上げますわ!」
翡翠色のオーラと、紫色の瘴気。
二つの強大な呪力がぶつかり合い、氷原に新たな嵐を巻き起こした。




