第2章:見えざる手(システム) Scene 1:インストールされた殺意
北へと続く街道。鬱蒼とした森の中を、スカーレットは歩いていた。
木漏れ日が穏やかで、鳥のさえずりが耳に心地よい。
そんな平和な風景の中に、彼らは現れた。
「おや、お嬢さん。一人旅ですか?」
向こうから歩いてきたのは、三人の行商人風の男たちだった。
荷物を背負い、人好きのする笑顔を浮かべている。
どこにでもいる善良な市民。スカーレットの「武人の勘」も、彼らから敵意や殺気(殺意の波動)を一切感知していなかった。
「ええ。少し野暮用でね」
「それは感心だ。この辺りは最近物騒ですからね、気をつけて」
男の一人が、親切そうに道を譲るために一歩近寄る。
自然な動作だった。
すれ違いざま、男が「では、良い旅を」と微笑み――。
その笑顔のまま、スカーレットの脇腹に短刀を突き出した。
「――ッ!」
スカーレットが反応できたのは、奇跡に近い。
殺気がない。呼吸の乱れもない。「刺すぞ」という意思の予備動作すらない。
まるで「コップの水を飲む」ような気軽さで、彼らは致死の一撃を放ってきたのだ。
スカーレットは最小限の体捌きで刃を躱し、バックステップで距離を取る。
「……何の真似だ?」
「おや、避けられましたか。珍しい」
男は悪びれる様子もなく、残念そうに首を傾げた。
他の二人も、荷物を投げ捨てて抜刀する。その表情は、やはり穏やかなままだ。怒りも憎しみもない。ただ「処理」を実行しようとする事務的な瞳。
(……おかしい)
スカーレットの背筋に、冷たいものが走る。
彼らの筋肉は異様に膨張し、皮膚の下で血管がどす黒く脈打っている。
瞳孔は開ききり、眼球が小刻みに振動している。
――ガギンッ!
三人が同時に飛びかかってきた。
速い。以前の「影」たちをも凌駕する速度。
だが、真に恐ろしいのはその「連携」だ。
Aが斬りかかり、スカーレットがそれを弾くコンマ一秒の硬直に合わせて、BとCが死角から刃を滑り込ませてくる。
視線すら交わしていない。合図もない。
なのに、彼らはスカーレットの動きを「共有」し、最適解を割り出している。
(まるで、私の動きが読まれている……?)
スカーレットは舌打ちし、防御に回る。
彼らの剣筋には、人間特有の「迷い」や「癖」がない。
常に最短距離。常に最高速度。
それは武術というよりは――数式だ。
「……なるほど」
数合打ち合う中で、スカーレット(劉玄雲)の経験値が、敵の正体を看破した。
彼らの動きは、あまりにも「綺麗すぎる」のだ。
泥臭い実戦の揺らぎがない。あらかじめ入力された「理想的な動き」を、肉体の限界を無視して出力しているに過ぎない。
スカーレットは、迫りくる三本の刃を、あえて紙一重で見切った。
その瞳に、冷ややかな侮蔑の色が浮かぶ。
「まるで、バグだらけのアプリでゲームをしている感覚ね」
彼女の呟きに、男たちは反応しない。プログラムにない言葉はノイズとして処理されるだけだ。
彼らは機械的に追撃の構えを取る。
その構えを見て、スカーレットは確信した。
重心の置き方。剣の角度。
それは紛れもなく、かつて自分が学んだ「柳方流剣術」の基礎動作。
(誰かが、剣術をデータ化して彼らにインストールしたのか。……悪趣味な)
スカーレットは、ふっと全身の力を抜いた。
アプリ(プログラム)には弱点がある。
それは「想定外の入力」には対応できないことだ。
男たちが踏み込む。
その瞬間、スカーレットの姿がブレた。
龍形遊身八法門――『龍舞』。
計算された「最短距離」をあざ笑うかのように、スカーレットは予測不能な蛇行軌道を描き、男たちの懐へと潜り込む。
「え……?」
男の一人が、初めて表情を崩した。
演算エラー。ターゲットの座標が確定できない。
その「処理落ち」の一瞬が、命取りになる。
「まぁ、この世界ではガチャを引くことはできないけど」
スカーレットの冷徹な宣告。
彼女の掌が、男の胸郭に触れる。
寸勁。
ゼロ距離からの衝撃波が、強化された肋骨と心臓を一瞬で粉砕した。
「ガハッ……!?」
一人が吹き飛ぶ。
連携が崩れた今、残りの二人はただの「壊れた玩具」だ。
スカーレットは流れるような動きで剣を抜き、残り二人の首を、一息で撫で斬りにした。
ドサッ、ドサッ。
三つの死体が転がる。
彼らの顔には、死してなお、不気味なほどの穏やかな笑みが貼り付いていた。
「……寿命を削って力を得る『使い捨て』か」
スカーレットは死体の異様な熱を感じ取り、静かに剣を納めた。
ただの盗賊ではない。
自分と同じ「知識」を持つ何者かが、明確な殺意を持って送り込んできた刺客。
「面白い」
スカーレットは北の空を見上げた。
見えざる手が、自分を排除しようと動き出したのだ。
ならば、その手をへし折るまで。
彼女は、足元に転がる「残骸」へと視線を落とした。
歩き出す前に、やるべきことがある。
敵を知るには、敵が遺したソースコード(死体)を読むのが一番の近道だ。




