表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/56

第4部  『白銀の追憶と、神殺しの演算式(アルゴリズム)』 第1章:極北の再会、凍てつく幻影

 大陸の最西端へ向かう魔導船の船室。


 スカーレットは、古びた革表紙の手帳を開いていた。

 それは、亡き父ガルド・フォン・ヴァーミリオンが遺した「研究日誌」だった。


『……親父さん、やっぱり只者じゃなかったんだな』


 脳内で劉が感嘆の声を漏らす。

 手記に記されていたのは、領地経営の記録などではない。

 この世界の魔力分布図と、そこに生じている微細な「ほころび(バグ)」に関する詳細な解析データだった。


「ええ。お父様は武人としても一流だったけれど、それ以上に『解析』と『索敵』のスペシャリストだった」


 スカーレットは懐かしむようにページを撫でた。


 ガルドは気づいていたのだ。

 この世界には、自然発生したとは思えない不自然な魔力の歪みが存在することに。

 そして、それが何者かによって意図的に「操作」されている可能性に。

 

 手記の最後は、走り書きでこう締めくくられていた。


『西の果て、霊峰「白銀の牙」に、この世界の理を歪める根源反応を感知した。調査に向かう準備を進める。……だが、誰かに見られている気配がする。空から、じっと監視されているような……』


 その直後だ。ゲオルグ・ヴァン・バルカスが狂乱し、ヴァーミリオン家を襲撃したのは。


「お父様は、真実に近づきすぎたから消された。……『超越者』に操られたゲオルグの手によって」


 スカーレットは手記を閉じ、剣を握りしめた。


「行くわよ。お父様が見ようとした景色の、その先へ」


          †


 そして現在。


 万年雪に閉ざされた伝説の霊峰「白銀のシルヴァ・ファング」。


 スカーレットたちは、吹雪の中に佇む「氷の神殿」の前に立っていた。


「……ようこそ、私の最後のステージへ」


 神殿の入り口で、執事スミスが優雅に一礼した。


 彼の背後には、無数の「影」が蠢いている。

 それらはかつてネオ・イザムバードを襲った七つの影の強化版であり、一体一体が戦略級の戦闘能力を有していた。


「『超越者』様が用意したこの舞台で、貴女たちがどれほど踊れるか……楽しみにしていましたよ」


 スミスが指を鳴らす。


 影たちが一斉に襲いかかった。

 雪崩のような質量と殺意の波。

 

 だが。


「……遅い」


 スカーレットが呟いた。

 剣を抜く動作さえ見えなかった。

 ただ、彼女が歩いた軌跡に紅蓮の線が走り、襲いかかった影たちが一瞬で両断され、蒸発していった。


「なっ……!?」


 スミスの余裕が消える。


「次は私ね!」


 マーガレットが笑う。


 彼女は雪面を蹴ることなく、空間そのものを足場にして跳躍した。


次元破砕ディメンション・ブレイク!」


 彼女の拳が空を叩く。

 それだけで衝撃波が拡散し、後衛に控えていた数百の影がまとめて吹き飛んだ。


「お酒が冷えて美味しいですわね」


 セレスティアは戦場の中央で、優雅に杯を傾けていた。


 彼女の周囲には、見えない結界が張り巡らされている。

 スミスが放った影の刃は、彼女に届く前にすべて「千羽鶴」へと変化し、空へと舞い上がっていく。


「呪法・【風流転化ふうりゅうてんか】。殺意を芸術に変えるエコな術式ですわ」


 圧倒的だった。


 かつて苦戦したはずの影たちが、今の彼女たちにとっては準備運動にもならない。


『スミス、チェックメイトだ』


 劉の声と共に、スカーレットの切っ先がスミスの喉元に突きつけられた。


「馬鹿な……。わずかな期間で、ここまで成長したというのですか……!?」  


 スミスは後ずさる。


 彼の「計算」では、この戦力差はあり得ないはずだった。


「アンタが『駒』として弄んでいる間に、私たちは『人』として生きた。それだけの違いよ」


 スカーレットは冷たく言い放つ。


「消えなさい、三流のゲームマスター」


 紅の閃光。


 スミスの首が宙を舞った。

 

 彼の身体は影となって霧散し、雪原に黒い染みだけを残して消滅した。

 あっけない幕切れ。


 だが、誰もが知っていた。これが本当の終わりではないことを。


 ゴゴゴゴゴゴ……!  

 

 霊峰が鳴動する。


 スミスの消滅した場所から、どす黒い光の柱が立ち昇った。  

 そして、空から「声」が響いた。


『……失望したよ、スミス君。やはり端末ハードウェアには限界があるか』


 その声を聞いた瞬間、スカーレットの心臓が早鐘を打った。

 聞き覚えのない声だ。

 だが、その声色は、なぜか懐かしく、そして泣きたくなるほど優しい響きを含んでいた。


『まあいい。君たちの成長には敬意を表そう。だからこそ、次は「本気」で相手をしようじゃないか』


 光の柱の中から、三つの人影が現れる。

 それは怪物でも、異形の神でもなかった。

 中央に立つのは、使い古された革鎧と大剣を背負った、豪快な笑顔の男。


「……嘘」


 スカーレットの剣が、手から滑り落ちた。


 カラン、と乾いた音が氷原に響く。


「……パパ?」


 そこに立っていたのは、死んだはずの父――ガルド・フォン・ヴァーミリオンその人だった。


「よう、スカーレット。大きくなったな。だが、まだまだ未熟だ。……父さんが鍛え直してやる」


 そして、その右隣には、白い道着を着た小柄な老人が佇んでいた。


『……師匠、なのか?』  


 劉が絶句する。


 それは、前世での劉の育ての親であり、武の師であった元大悟げん・だいご


 十代でその実力を追い越してしまった劉にとって、超えるべき壁ではなく、守るべき恩義の象徴だった人物。


 さらに左隣には、妖艶なチャイナドレスを纏った女性が立っていた。


「久しぶりね、老師」


 彼女は艶然と微笑んだ。

 その手には、かつて陳美麗(マーガレットの前世)に毒を盛った酒器が握られている。


「……紅蘭ホンラン!?」


 マーガレットが叫ぶ。


 李紅蘭り・ほんらん

 陳の弟子であり、相思相愛の恋人だった少女。


 だが、金銭の誘惑に負け、愛する師を殺めた裏切りの徒。


 絶体絶命。


 超越者が用意した次なる端末は、彼女たちが最も愛し、恩義を感じ、あるいは愛憎に囚われた「故人たち」だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ