終章:虚飾の幕引き、神々の盤上
ネオ・イザムバードの復興は早かった。
空中要塞の墜落により都市機能の一部は麻痺したが、アレクセイ公爵の迅速な指揮と、都市の誇る魔導技術者たちが総出で修復にあたったおかげで、一週間後には主要区画の機能は回復していた。
そして、都市一番の高級レストラン「黄金の歯車亭」。
貸し切りにされたメインホールでは、ささやかな(?)祝勝会が開かれていた。
「んん〜っ! このお肉、とろけるぅ〜!」
マーガレットが山盛りのローストビーフを、ブラックホールのような胃袋へ吸い込んでいく。
「デザートも持ってきて! メニューのここからここまで全部!」
「はぁ……。よく食べるわね」
スカーレットは呆れつつ、優雅に紅茶を啜った。
戦いの疲れはまだ完全には抜けていないが、久しぶりの柔らかな椅子と温かい食事は、強張った心身を解きほぐしてくれる。
「あら、食欲は生命力の証ですわよ。……すいませーん、この『火龍の涙』、もう一本追加で」
セレスティアは既に空になったボトルを5本並べ、顔色一つ変えずに次を注文している。
「それと、おつまみにエイヒレの炙りを」
「……あんたも大概ね」
スカーレットは苦笑した。
この数日間で、彼女たちの奇妙な共同生活は、驚くほど馴染んでしまっていた。
『平和だな』
脳内で劉が呟く。
『だが、油断はするなよ。俺たちが倒したのは、あくまで「端末」に過ぎない』
スカーレットの表情が引き締まる。
あの戦いで判明した事実。それは、自分たちが戦っている敵が、魔王や悪の組織といったレベルのものではないということだ。
「……『超越者』、か」
スカーレットが小さな声で呟くと、マーガレットとセレスティアの手が止まった。
「私の『第三の魂』が言ってたわ」
マーガレットがフォークを咥えたまま、真剣な目をする。
「あいつらは、この世界を『盤上遊戯』か『シミュレーション』程度にしか思ってない。気に入らなければリセットするし、面白そうな駒があれば弄り回す」
「迷惑な神様気取りですわね」
セレスティアがグラスを揺らす。
「私の中の睡蓮も、不快感を露わにしています。『理』を冒涜するのは呪術士の敵だと」
三人の沈黙。
だが、それは恐怖によるものではない。
「でも、勝ったわ」
スカーレットは力強く言った。
「相手が神様だろうが、超越者だろうが、私たちは勝った。……次も負ける気はないわ」
「当然よ! お姉様と私の愛の力があれば、全次元無敵だもん!」
「ふふ、頼もしいですわね。私も、もう少しこの『酔狂な旅』にお付き合いさせていただきますわ」
†
同時刻。 都市の地下深く、放棄された旧下水道区画。
瓦礫の陰に、執事スミスの姿があった。
彼は空中に投影された、ノイズ混じりのホログラムに向かって恭しく一礼していた。
「……はい。申し訳ありません、『悪意の真実』は削除されました」
スミスの報告に、ホログラムの主――『超越者』の声は答えない。ただ、不気味な機械音のような振動が伝わってくるだけだ。
「ですが、貴重なデータは取れました。異世界転生者、異次元の魂、そして過去の英霊……。この世界の『バグ』たちが、予想外の化学反応を起こすことが証明されました」
スミスは、壊れたサングラスを新しいものに掛け替えた。 その口元には、嗜虐的な笑みが張り付いている。
「ネオ・イザムバードは、あくまで実験場。 次の舞台は、より過酷で、より『彼ら』の因果に深く関わる場所をご用意いたしました」
彼が懐から取り出した地図。
そこに記されていたのは、大陸の西に位置する、極寒の地。
かつて『龍殺しの英雄』たちが最期を迎えたとされる、伝説の霊峰。
「さあ、始めましょうか。第4フェーズ……『凍てつく魂の鎮魂歌』の幕開けです」
†
レストランを出たスカーレットたちは、港に立っていた。
アレクセイ公爵が手配してくれた、最新鋭の魔導船が停泊している。
「行くのか、スカーレット」
見送りに来た公爵が、寂しげに微笑む。
「ええ。ここに居続けると、また『あいつら』が来て迷惑をかけるかもしれないから」
スカーレットは海風に髪をなびかせ、西の空を見上げた。
劉が指し示した次なる目的地。そこには、父ガルドが遺した手記にも記されていた、ある「秘密」が眠っているらしい。
「行くわよ、二人とも!」
「はーい! お弁当たくさん積んだ!?」
「お酒の備蓄も完璧ですわ」
欲望に忠実な仲間たちを連れて、スカーレットはタラップを駆け上がった。
帆が風を孕み、船が動き出す。
目指すは西。
雪と氷に閉ざされた、新たなる戦場へ。
紅の龍は、まだ休息を知らない。
(第3部 完)




