第8章:天空の魔城、双対(デュアル)する悪意
夜明け前の空を、巨大な影が覆い尽くしていた。
無数の歯車と生体部品が融合した空中要塞。
その表面には無数の砲門が開き、都市への無差別爆撃を開始しようとしていた。
「させるか!」
スカーレットの咆哮に応えるように、上空へ向かって一羽の巨大な白い鳥が疾走する。
セレスティアが放った式神・【大鷲】だ。
その背に乗り、スカーレットたちは弾幕の雨をかいくぐっていた。
「左側の迎撃が薄いわよ! セレスティアお姉さま!!」
マーガレットが叫びながら、飛来する迎撃ドローンを拳圧だけで粉砕していく。
「無茶を言わないでくださいまし! 私、これでも二日酔いですのよ!?」
セレスティアが扇子で軌道を制御しながら、顔色を悪くして叫び返す。
『来るぞ、主砲だ!』
劉の警告と同時、要塞の中央部にある巨大なレンズが赤黒く輝いた。
魔力収束砲。直撃すれば式神ごと消し飛ぶ。
「スカーレット!」
「分かってる!」
スカーレットは式神の背から跳躍した。
空中で剣を構える。狙うは砲口一点。
「柳方流・奥義――【龍閃】ッ!!」
紅蓮の魔力を纏った斬撃が、レーザーのように一直線に伸びた。
発射寸前のエネルギーごと、砲身を真っ二つに両断する。
ズガァァァァンッ!!
誘爆の炎が要塞の装甲を抉じ開けた。
「今よ! 突入!」
三人は炎の中を突き抜け、要塞の内部へと着地した。
†
内部は、まるで巨大な生物の体内のような不気味な空間だった。
壁面を這うパイプは血管のように脈動し、蒸気機関のピストン音は心音のように響いている。
「ようこそ、私の城へ」
最深部、『玉座の間』。
そこには、半身を巨大な機械装置と融合させたスミスの姿があった。
いや、もはやスミスではない。彼は要塞の制御中枢そのものとなっていた。
「紹介しましょう。これが第六の影『暴食の炉心』、そして第七の影『妄想の脳髄』です」
スミスの左右にある培養槽に、二つの異形が浮かんでいた。
一つは、周囲の空間から魔力を無尽蔵に食らい続ける黒い球体。
もう一つは、見る者の精神を汚染する脳波を放つ紫色の肉塊。
「これらは『超越者』様から賜った、この世界の理を書き換えるためのデバイス。……さあ、世界を再定義しましょう」
スミスが腕を掲げると、二つの影が共鳴し、空間が歪み始めた。
重力が狂い、上下左右が反転する。
「ぐっ……! 立っていられないわ!」
スカーレットが剣を杖にして耐える。
『まずいぞ! 奴ら、この空間の物理法則ごと書き換えてやがる! 俺の演算が追いつかねえ!』
炉心が膨張し、全てを飲み込むブラックホールのような引力を発生させる。
同時に、脳髄が精神攻撃波を放つ。
物理と精神、双方からの飽和攻撃。
「終わりです。貴女たちはここでデータの塵となるのです」
スミスの勝利宣言。
だが。
「……うるさいわね、このポンコツ執事」
低く、ドスの効いた声が響いた。
マーガレットだ。
彼女は重力異常など意に介さず、ゆらりと立ち上がっていた。
その瞳は、普段の愛くるしいものではなく、冷徹な修羅の色を宿している。
「理屈だの、法則だの、ゴチャゴチャと……。私の『愛』の前では、全部誤差なのよッ!」
彼女の背後に、巨大な鬼神のようなオーラが立ち昇る。
第三の魂が、完全に覚醒しようとしていた。
「セレスティアお姉さま! アンタ、あの紫の脳みそを黙らせなさい! スカーレットお姉様は、あの黒い玉っころをぶった斬って!」
「……人使いが荒いですわねぇ」
セレスティアは苦笑しながらも、懐から瓢箪を取り出し、一口煽った。
「でも、乗りかかった船です。……酔狂には酔狂を!」
セレスティアが酒霧を吹きかける。
呪法・【夢幻泡影・強制泥酔】。
空間に漂う精神攻撃波が、彼女の術によって「ただの酔っ払いの戯言」レベルに中和されていく。
「なっ……!? 脳髄の干渉波が、無効化された!?」
スミスが驚愕する。
「今だ、行けッ! スカーレット!」
劉の叫び。
スカーレットは駆けた。
マーガレットが拳で空間の壁を砕き、無理やり作った「最短ルート」を。
「はあああああっ!!」
紅の髪が炎となってなびく。
剣に、劉の記憶にある全ての技と、スカーレット自身の全魔力を注ぎ込む。
「これで、チェックメイトよ!」
スカーレットの剣が、スミスの融合した機械心臓、そして『暴食の炉心』を貫いた。
ズドォォォォンッ!!
閃光が奔流となって吹き荒れる。
「馬鹿な……! 私の計算が……超越者の力が、あんな旧人類ごときに……!?」
スミスの絶叫と共に、炉心が臨界点を迎えた。
連鎖爆発が始まる。
「脱出するわよ!」
崩壊する要塞から、三人は再び空へと飛び出した。
背後で、巨大な空中の魔城が、紅蓮の炎に包まれて墜落していく。
それは、ネオ・イザムバードの夜明けを告げる、巨大な狼煙のようだった。




