第7章:隻眼の執行者、裏切りの方程式
時計塔の最上階。
瓦礫と化した巨大な歯車の上に、執事スミスは優雅に佇んでいた。
サングラスを外し、露わになったその隻眼は、人間離れした黄金色の光を放っていた。
「……第五の影は、貴方自身だったというわけね」
スカーレットは剣の切っ先を向け、低い声で問うた。
「アレクセイ公爵への通信妨害、そして私たちをここへ誘導した手際。……最初から、私たちを試すつもりだったの?」
「試す? いいえ、そんな生易しいものではありませんよ」
スミスは仕込み傘をくるりと回し、先端をスカーレットに向けた。
「これは『選別』です。来るべき『大崩壊』に耐えうる器か否か……その適性を測らせていただきました」
「選別だァ?」
マーガレットが拳を鳴らし、一歩前に出る。
「何様なのよアンタ。ただの執事風情が、偉そうな口叩いてんじゃないわよ!」
彼女は床を蹴り、弾丸のような速度で肉薄した。
得意の剛拳が、スミスの顔面を捉える――
キィィィィン!!
金属音が響き、マーガレットの拳が止められた。
スミスの傘の先端ではない。
彼自身の『影』が、黒い壁となって攻撃を防いだのだ。
「なっ……!?」
「影法師。私のギフトです」
スミスの足元から、どす黒い影が沸き上がり、彼を包み込む漆黒の鎧へと変化していく。
その姿は、燕尾服の執事から、死を告げる処刑人へと変貌していた。
「第五の影の名は『執行者』。……さあ、ダンスの時間です」
スミスが傘を一振りする。
瞬間、影の刃が無数に射出され、スカーレットたちを襲った。
「散開ッ!」
スカーレットの指示で、三人は左右に飛び散る。
影の刃は床の鉄板をバターのように切り裂き、深々と突き刺さった。
「劉! こいつの強さは!?」
『……デタラメだ。魔力出力が桁違いだぞ。それにあの動き……ただの執事じゃねえ。元は相当な手練れの暗殺者だ』
「あらあら、物騒な傘ですわね」
セレスティアが優雅に着地し、懐から数枚の式札を取り出す。
「雨も降っていないのに傘を差すのは、マナー違反ですわよ?」
彼女が札を放つ。
呪法・【千羽鶴】。
無数の折り鶴型の式神が実体化し、スミスの影の刃を迎撃する。
白と黒の乱舞。
だが、スミスは表情一つ変えず、影を操り続ける。
「呪術士……やはり厄介ですね。ですが、私の計算では貴女が一番の不確定要素。ここで排除させていただきます」
スミスの影が、巨大な蛇のように鎌首をもたげ、セレスティアに狙いを定めた。
「危ない!」
スカーレットが割って入り、紅蓮の炎を纏った剣で影を切り払う。
だが、切断された影は瞬時に再生し、逆にスカーレットの剣に絡みついてきた。
「くっ……! 捕まった!?」
「スカーレット様、貴女の剣技は美しい。ですが、物理法則に縛られすぎている」
スミスが傘を突き出す。
必殺の一撃。
だが、その切っ先がスカーレットの喉元に届く寸前――
「お姉様に触るなァァァッ!!」
横合いから、マーガレットが突っ込んできた。
彼女の全身から、あの「第三の魂」の波動が噴き出している。
「次元穿孔ッ!!」
彼女の拳が空間そのものを歪め、スミスの「影の防御」ごと本体を殴り飛ばした。
ドゴォォォォンッ!!
スミスは 泥人形のように吹き飛び、時計塔の壁に激突した。
「がっ……!?」
初めて、執事の顔に苦悶の色が浮かぶ。
「空間干渉……! まさか、そこまでの出力を……」
「へへん! 見たか、私の愛の力!」
マーガレットが勝ち誇るが、その直後、彼女はガクンと膝をついた。
「あ、あれ……力が……」
『馬鹿野郎! まだ制御できてねえ技を連発するからだ!』
劉が怒鳴る。
瓦礫の中から、スミスがゆらりと立ち上がった。
燕尾服は破れ、サングラスは砕け散っている。
だが、その隻眼の光は、より一層強く、禍々しく輝いていた。
「……素晴らしい。想定以上です」
彼は口元の血を拭い、狂気的な笑みを浮かべた。
「これなら、あの方も満足されるでしょう」
「あの方?」
スカーレットが問う。
「ええ。この都市の影を統べる真の主」
スミスは空を仰ぎ、陶酔したように告げた。
「貴女たちの知る『前世』や『異世界』、あるいは彼女の中にある『未知の座標』……そのどれでもない。 全ての理の外側から、この箱庭を弄ぶ『超越者』ですよ」
『……なっ!?』
劉が絶句する。
『おい、嘘だろ……。俺のライブラリにない波長だ。転生者でも、神でもない……正真正銘の「未知」かよ』
ゴゴゴゴゴゴ……!
時計塔全体が激しく振動し始めた。
スミスの背後の壁が崩れ落ち、そこから巨大な「何か」が姿を現そうとしている。
「選別は終了です。合格祝いに、この都市最大の『絶望』をプレゼントしましょう」
スミスは恭しく一礼し、影の中に溶けるように姿を消した。
「逃がさないわよ!」
スカーレットが追おうとするが、崩落する天井が道を塞ぐ。
「ちっ……!」
「……来ますわよ、皆さん」
セレスティアが、いつになく真剣な表情で空を見上げた。
「空が……泣いていますわ」
崩れた壁の向こう。
夜明け前の空に、巨大な浮遊戦艦のようなシルエットが浮かび上がっていた。
それは、ただの機械ではない。
無数の歯車と、脈動する生体部品が融合した、悪夢のような空中の要塞。
『……おいおい、マジかよ』
劉が呻く。
『あんなデカブツ、この世界の技術じゃねえ。……奴ら、次元の壁ごとねじ曲げて干渉してきてやがるぞ』
「第六の影、そして第七の影……その正体は、この要塞そのものだったのね」
スカーレットは剣を強く握りしめた。




