表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
41/56

第6章:時計塔の支配者、逆流する刻(とき)

 ネオ・イザムバードの中央にそびえる「セントラル・ギア・タワー」。


 都市の全機能を制御する中枢であり、巨大な時計塔でもあるこの場所は、夜明け前だというのに不気味なほどの静寂に包まれていた。


 カチ、コチ、カチ、コチ。


 巨大な秒針の音だけが、侵入者たちの心臓を叩くように重く響く。


「……嫌な音ね」


 スカーレットは塔の入り口で眉をひそめた。


「まるで、私たちの寿命をカウントダウンしているみたい」


「第四の影、『時の亡霊クロノ・ファントム』」


 スミスが重厚な扉を押し開けながら解説する。


「ここ数日、塔の整備士たちが次々と『神隠し』に遭っています。彼らは消える直前、無線でこう叫んだそうです。『時計が逆回りしている』と」


 塔の内部は、無数の歯車が噛み合う巨大な迷宮だった。

 床も壁も天井も、大小様々な真鍮の歯車で構成されており、それらが重々しく回転している。


『……おい、気をつけろ』

 劉の鋭い声が響く。

『空間の歪みだけじゃない。ここ、時間の流れ自体が狂ってやがる』


 その時だった。


 頭上の巨大な歯車から、黒い「何か」が滲み出し、滴り落ちてきた。

 ボタボタボタッ!

 黒い液体は床に落ちると瞬時に凝固し、歯車を取り込んで人型を形成していく。

 頭部は古時計の文字盤。両腕は鋭利な長針と短針の剣。そして胸部には、狂ったように回転する砂時計が埋め込まれている。


「ギギ……ギ……時間ヲ……ヨコセ……」


 機械的なノイズ混じりの声。

 第四の影が現れた。


「速攻で決めるわよ!」


 スカーレットが地を蹴る。

 瞬速の踏み込みからの抜刀。柳方流・『燕返し』。

 神速の一撃が、影の胴体を両断――するはずだった。


 キィィィィン……。

 奇妙な逆再生音が響いた瞬間。

 スカーレットの体が、不自然に後ろへと引っ張られた。


「なっ!?」


 気づけば、彼女は「抜刀する前」の体勢に戻されていた。

 目の前の影は無傷のまま。


「……巻き戻された?」


 スカーレットが驚愕する。


「お姉様、私が!」


 マーガレットが飛び出し、必殺の拳を放つ。


 ドゴォォン!


 影の顔面を粉砕――したかと思った瞬間、再び逆再生音が響き、マーガレットは殴る前の位置に戻っていた。


「ギギギ……無駄ダ……」


 影が長針の剣を振り上げる。

 スカーレットたちは回避しようとするが、体が重い。泥の中を動いているようだ。


「体が……動かない!?」


『くそっ! 俺たちの時間だけが遅く(スローに)されてやがる!』


 影の剣が迫る。

 回避不能。

 その時、横合いから銀色の閃光が走った。


 ガキンッ!!


 影の剣を受け止めたのは、仕込み傘を抜いたスミスだった。


「……お下がりください」


 彼は冷や汗一つかかず、人間離れした膂力で影と鍔迫り合いをしている。


「こいつの能力は『局所的な時間操作』。攻撃が当たる『結果』をキャンセルし、自分に都合の良い『過去』へ巻き戻しているのです」


「反則じゃないのよ!」


 マーガレットが叫ぶ。


「どうやって倒せばいいのよ!?」


「理屈の上では無敵です」


 スミスは淡々と言った。


「ですが、時間を操作するには膨大なエネルギーが必要です。奴の胸の砂時計……あれが力の源泉かと」


「あそこを壊せばいいのね! でも近づけないわ!」


 近づけば時間を戻され、離れれば遅延スローをかけられる。

 完璧な防御システム。


 だが。


「あらあら、時間の迷子さんですか」


 セレスティアが、ふわりと前に出た。

 彼女の手には、酒瓶ではなく一枚の式札。


「時間を戻せるのは、あくまで『起きた事象』に対してだけ。……なら、『起きなかったこと』にすればいいのですわ」


 セレスティアは札を放り投げた。

 それは影に向かってではなく、あさっての方向――天井の巨大な歯車の隙間へ。


「呪法・【因果崩落バタフライ・エフェクト】」


 彼女が指を鳴らす。


 パチン。


 天井の小さなボルトが一つ、弾け飛んだ。

 たったそれだけのこと。

 だが、その小さな歪みは、隣の小歯車を狂わせ、中歯車を止め、そして――。


 ガガガガガガガッ!!


 轟音と共に、天井を支えていた巨大な主軸歯車メイン・ギアが崩落した。

 数トンの鉄塊が、影の頭上へと落下する。


「ギ……ッ!?」


 影は反応した。時間を巻き戻そうとする。

 だが、戻せない。

 なぜなら、これは「攻撃」ではないからだ。

 セレスティアは影を攻撃していない。ただ「天井のボルトを外した」だけ。

 落下してくる歯車は、影にとって「無関係な事故アクシデント」であり、因果関係が遠すぎて巻き戻しの対象として認識できなかったのだ。


 ズドォォォォォォンッ!!


 巨大な歯車が影を押し潰す。

 胸の砂時計が砕け散る音がした。


「今よ、スカーレットちゃん!」


「ナイスよ、セレスティア!」


 時間の呪縛が解けた瞬間、スカーレットは疾走した。

 劉の演算が、崩落する瓦礫の隙間を縫う「最短ルート」を導き出す。


「時間は待ってくれないわよ!」


 紅の斬撃一閃。

 瓦礫の下で再生しようとしていた影のコアを、スカーレットの剣が貫いた。


「ギャァァァァァ……ッ!!」


 断末魔と共に、影は黒い霧となって消滅した。


「……ふぅ。一時はどうなることかと」


 スカーレットは剣を納め、汗を拭った。

 またしてもセレスティアの規格外な術に助けられた形だ。


「風が吹けば桶屋が儲かる、ですわ」


 セレスティアは悪戯っぽく微笑んだ。


「お見事です」


 スミスが傘を閉じ、拍手をする。

 その隻眼は、瓦礫の山となった時計塔内部を見渡し、微かに細められた。


「これで四つ。……ですが、妙ですね」


「何が?」

「この時計塔は、都市の魔力制御も兼ねています。これほどの騒ぎがあれば、管理者であるアレクセイ公爵が感知しないはずがない」


 スミスは天井を見上げた。


「公爵からの通信もありません。……まさか」


 不穏な空気が流れる。

 その時、塔のスピーカーからノイズ混じりの放送が流れた。


『……ザザッ……聞こえるか、英雄たちよ……』


 アレクセイ公爵の声だ。だが、苦しげに途切れている。


『……罠だ……この依頼は……私が……頼んだものでは……』

『グッ……逃げろ……スミスは……奴は……!』


 プツン。

 通信が切れた。


 全員の視線が、一点に集中する。

 そこには、今までと変わらぬポーカーフェイスで佇む、執事スミスの姿があった。


「……どういうことかしら、スミスさん?」


 スカーレットが剣の柄に手をかける。

 スミスはゆっくりとサングラスを外し、その隻眼を露わにした。

 そこには、これまでの恭しい従者の色はなく、冷徹な狩人の光が宿っていた。


「……バレてしまっては仕方ありませんね。もう少し、データを集めたかったのですが」


 彼は優雅に一礼した。


「アレクセイ様は少々、お喋りが過ぎたようです。……ええ、第五の影は、他でもない」


 スミスの影が、足元から肥大化し、巨大な怪物の形をとった。


「この私ですよ」


 衝撃の事実。

 案内人こそが、敵の本体だった。


「さあ、始めましょうか。『影』の討伐テスト……最終フェーズです」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ