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第5章:環状線の悪夢、並走する過去

 都市の大動脈、地下鉄環状線「メトロ・ループ」。

 深夜2時。

 通常なら整備ドローンが巡回するだけの時間帯だが、今宵は一編成の特別列車が、漆黒のトンネルを疾走していた。


 乗客は、スカーレットたち一行と、案内人のスミスのみ。


「……ねえ、スミス」


 ガタン、ゴトンと規則正しいリズムを刻む無人の車両で、スカーレットは窓の外を流れる闇を見つめながら問いかけた。


 「さっき言っていた『過去に関わる』って、どういう意味?」


 先頭車両の運転席ドアに背を預け、スミスは懐中時計を確認しながら淡々と答えた。


「言葉通りの意味ですよ、スカーレット様」


 サングラスの奥の隻眼が、怪しく光る。


「この地下鉄には、ある都市伝説うわさがあります。深夜、特定の時刻に走る列車に乗ると、窓の外に『自分の過去』が見えると」


「過去が見える?」


「ええ。あるいは、捨ててきたはずの『もう一つの人生』が」


 その時だった。

 車内の照明が、チカチカと不吉に明滅を始めた。


『……来るぞ』


 脳内で劉が低く呟く。


『空間の座標が歪み始めてやがる。ここから先は、ただの線路じゃねえ。……時空のおりだ』


 キィィィィィィン……!


 甲高い金属音が響き、列車が加速した。

 急ブレーキではない。まるで何かに引き寄せられるような、重力に逆らう加速。


 そして、窓の外の景色が一変した。

 無機質なコンクリートのトンネル壁面が溶け落ち、代わりに白い霧が立ち込める。

 その霧の向こうから、鮮明な映像が走馬灯のように流れ始めたのだ。


「あれは……!」


 スカーレットが窓ガラスに張り付く。

 そこに見えたのは、紅蓮の炎に包まれた屋敷だった。

 幼い日のスカーレットが泣き叫び、父ガルドが炎の中で剣を振るっている。

 ヴァーミリオン家没落の夜。何度夢に見たかも分からない、絶望の光景。


「……悪趣味な幻覚ね」


 スカーレットはギリと歯を食い縛る。

 だが、幻覚はそれだけでは終わらなかった。

 炎の向こうから、一人の老人が歩いてきたのだ。

 白い道着を着た、白髪の武人。


『……爺さん?』


 劉が息を呑む。


 それは、劉玄雲の師匠――前世での恩師の姿だった。

 もう二度と会えないはずの、遥か彼方の記憶。


 さらに、別の窓には違う光景が映し出されていた。


 近代的なビル群。ネオンサイン。

 そして、路地裏で血を流して倒れるチャイナドレスの女。


「……私?」


 マーガレットが呆然と呟く。


 それは、陳美麗(前世)の最期の瞬間だった。


「あいつ……私を愛してるって言ったのに……毒を……」


 彼女の瞳から光が消え、虚ろな色が広がり始める。


 そして、セレスティアの前の窓には――。


 静かな神社の境内。桜が散る中、縁側で一人、月見酒を飲む女性の後ろ姿。


 その背中は、震えているように見えた。


 圧倒的な強さと孤独。誰も隣に並び立てない、孤高の呪術士の寂寥。


「第三の影、『深夜の暴走列車』」


 スミスの声が、どこか遠くから響いてくる。


「それは乗客の記憶を燃料にして走る、終わらない悪夢のループです。過去に囚われた者は、精神こころを車輪に絡め取られ、永遠にこの車両から降りられない」


 ガタガタガタガタッ!!  列車の揺れが激しくなる。

 窓の外の幻影たちが、バンバンとガラスを叩き始めた。


『戻ってこい……』

『こっちの世界の方が良かっただろう?』

『お前は逃げたんだ……』


 無数の怨嗟の声が、鼓膜を通り越して直接脳内に響いてくる。


「くっ……!」


 スカーレットは頭を抱えた。

 過去への後悔、前世への未練。

 それらが「影」となって実体化し、心を侵食しようとしてくる。

 父を救えなかった無力感、師匠への恩義、それらが鎖となって体を縛る。


「……うう、許さない……でも、会いたい……」


 マーガレットも膝をつき、闇に飲み込まれそうになっていた。


「ダメよ、耳を貸しちゃ!」


 鋭い声が響いた。


 セレスティアだった。

 彼女は窓ガラスに映る「泣いている自分(前世)」を、冷ややかな翡翠色の瞳で見据えていた。


「……あら、そんな辛気臭い顔をして。だからモテなかったのですわよ、


 パリンッ!


 彼女が扇子で窓ガラスを叩くと、ガラスにヒビが入り、その向こうの幻影が歪んだ。


「過去は酒のさかなにはなりますが、メインディッシュにはなりませんわ」


 セレスティアは優雅に微笑み、スカーレットとマーガレットの背中をバシッと叩いた。


「ほら、お二人とも。シャンとなさいまし。今の貴女たちは、そんなに不幸な顔をしていますか?」


 ハッとするスカーレット。


 今の自分には、劉がいる。背中を預けられる仲間がいる。

 そして、守りたい未来がある。

 父の死は悲しい。

 だが、それは今の自分を作る糧となった。


「……そうね。悪趣味な三文芝居はもう十分だわ」


 スカーレットは顔を上げ、腰の剣を抜いた。

 迷いは霧散していた。


「劉! 全力で行くわよ! この幻影列車をぶった斬る!」


『おうよ! 過去の亡霊なんざ、今の俺たちの踏み台にもなりゃしねえ!』


「私も! ……あんな裏切り女のことなんか忘れて、お姉様との未来に生きるんだから!」


 マーガレットも復活し、瞳に闘志の炎を宿して拳を構える。


 三人の意志が重なる。

 過去を否定するのではなく、それを踏み越えて進むという覚悟。


「合わせなさい!」


 スカーレットの号令。

 スカーレットの神速の剣閃、マーガレットの剛拳、セレスティアの呪法。

 三つの力が一点に集中し、列車の先頭車両に潜む「悪夢のコア」へと放たれた。


未来進行形フューチャー・プログレッシブ!!」


 ドゴォォォォォォォンッ!!  閃光がトンネルを貫く。


 断末魔のような軋み音と共に幻影が霧散し、列車は急ブレーキをかけて停止した。


 静寂が戻る。


 窓の外には、いつもの無機質な地下鉄のトンネル壁面と、非常灯の薄暗い明かりが見えていた。


「……ふぅ。終点ですか?」


 スミスが、何事もなかったかのように懐中時計をパチンと閉じた。


「ええ。皆様、過去の精算チェックアウトはお済みのようですね」


 その言葉には、試練を乗り越えた者への微かな敬意が含まれているように聞こえた。


 列車のドアが開く。

 ホームに降りると、そこには黒い染み――第三の影の残骸があった。

 スカーレットはその染みを踏みつけ、前を見据えた。


「さあ、次はどこ? ……どんな悪夢でも、もう怖くないわよ」


 スミスはニヤリと笑った。

 その笑顔は、執事のものではなく、獲物を試す試験官のようでもあった。


「頼もしいですね。では、次は……」


 彼が指差したのは、地上への出口。

 その先にあるのは、都市の中央にそびえる巨大な時計塔。


「第四の影、『時の亡霊』が待つ、時間の迷宮へご案内いたします」

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