第10章:天才の落日、優しき夜明け
事件から数日後。
幾何都市クアドラは、王都から派遣された審問官たちによって封鎖されていた。
領主ヴァレリウス伯爵による、大規模なクーデター計画の発覚。
そして、地下施設で行われていた非人道的な人体実験。
これらはスカーレットたちが提出した証拠(計画書)と、解放された人々の証言によって白日の下に晒された。
伯爵邸、応接室。
拘束具をつけられたヴァレリウスは、王家の審問官を前に静かに語っていた。
「……私の意思だと思っていた。だが、違ったのか」
彼の記憶の深層から発見されたのは、巧妙に仕掛けられた「精神誘導」の痕跡だった。
数年前、ある「謎の人物」と接触して以来、彼の思考は少しずつ、しかし確実に「国家転覆」へと誘導されていたのだ。
『お前の論理的思考の隙間を突かれたな』
部屋の隅で様子を見ていたスカーレットの脳内で、劉が呟く。
『天才ゆえに、自分より賢い者がいるとは微塵も思っていなかった。「自分の考えは常に正しい」という傲慢さこそが、最大のセキュリティホールだったわけだ』
ヴァレリウスは自嘲気味に笑い、スカーレットを一瞥した。
「……完敗だ。武力でも、知略でも」
審問の結果、ヴァレリウスは全ての爵位と権限を剥奪され、王都への出頭と幽閉が命じられた。
死罪を免れたのは、彼の統治能力自体は卓越しており、領民からの支持(恐怖政治ではあったが、生活水準は高かったため)が根強かったからだ。
そして——。
「父上」
部屋に入ってきたのは、一人の少年だった。
年齢は15歳ほど。金髪は父に似ているが、その瞳には父のような冷徹さはなく、深い慈愛と知性が宿っていた。
ヴァレリウスの息子、 ジュリアス だ。
「ジュリアスか。……無様な父を笑いに来たか」
「いいえ。私は、貴方の作ったこの都市を愛しています」
ジュリアスは父の前に跪いた。
彼には父のような「多重能力」はない。魔力も平凡だ。
だが、その言葉には芯があった。
「父上が築いたシステムは素晴らしい。ですが、そこには『人の心』という変数が欠けていました。 ……これからは私が引き継ぎます。貴方が計算し尽くしたこの街に、暖かな血を通わせてみせます」
王家の勅命により、爵位はジュリアスに強制譲渡されることとなった。
聡明で心優しい新領主の誕生。
それは、この幾何学的な冷たい都市に、初めて「人間らしい春」が訪れることを意味していた。
ヴァレリウスは息子の顔を眩しそうに見つめ、一言だけ「……任せる」と呟いて連行されていった。




