表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/56

第9章:進化する悪意、覚醒する混沌

 幾何都市の中枢、軍務局。

 その地下深くにある研究所は、悲鳴と怒号に包まれていた。


「逃げろ! 檻が開いたぞ!」


「誰か! 助けてくれぇ!」


 スカーレットたちが解放した被検体たちが、パニックを起こして逃げ惑っている。

 機械化兵士とは違う。ここでは薬物と魔導操作による、より生々しい「生体強化実験」が行われていたのだ。


「ひどい……。人間の尊厳なんてあったもんじゃない」


 マーガレットが、薬漬けにされた少女を抱き起こしながら顔を歪める。


「……感傷に浸っている暇はないわ。来るわよ」


 スカーレットの警告と同時に、研究所の鋼鉄の扉が吹き飛んだ。


  ドォォォォォン!!


 粉塵の中から現れたのは、軍服に身を包んだ「戦争の天才」。


 ヴァレリウス伯爵だ。


「……私のモルモットたちを逃がすとは。しつけが必要なようだな」


 その全身からは、先ほどとは桁違いのプレッシャーが放たれている。


 100%。


 統合された意識と魔力。七つのギフトがフル回転している。


「躾けられるのはどっちかしら!」


「行くわよ、お姉様!」


 開戦。

 スカーレットの「柳方流」神速の剣と、マーガレットの「羅王拳」破壊の拳。

 二人の息の合ったツープラトン攻撃が、ヴァレリウスを襲う。


 個の力ではヴァレリウスが勝る。だが、二人の連携は計算を超えていた。

 スカーレットが魔法を弾き、その隙にマーガレットが懐に入り込む。


 柳方流の「後の先」と、龍形遊身八法門の「円」、そして羅王拳の「直線」が複雑に絡み合い、天才の計算式ロジックを崩していく。


「ぐっ……!? 貴様ら!」


 ヴァレリウスが初めて後退する。


 勝てる。


 そう思った瞬間だった。


『……力を、貸してやろうか?』


 ヴァレリウスの脳裏に、甘く、粘着質な声が響いた。

 以前のような機械的なノイズではない。知性と自我を持った、人間のごとき囁き。


「……【悪意の真実】か」


 ヴァレリウスはニヤリと笑った。


「封印が解かれたことは知っていた。……あの愚かな王家が隠していた『禁断の果実』。それを使ったのは誰だ? まぁいい」


 彼は迷わず、虚空に手を伸ばした。


「よかろう。私の『ギフト』で、貴様すらも制御コントロールしてやる。来い!」


 ズズズズズ……ッ!


 ヴァレリウスの身体から、漆黒の泥が噴き出した。


 だが、ゲオルグの時のように乗っ取られるのではない。彼自身の五色のオーラと、黒い悪意が融合し、禍々しい鎧となって彼を包み込んでいく。


「……なによ、あれ」


 マーガレットが後ずさる。


「大丈夫よ。劉、あれ(・・)をお願い!」


『……やれやれ。同じ手は食わんと思うがな』


 スカーレットは自身の魔導回路を展開する。


 ゲオルグを救った、対「悪意」用ワクチン・プログラム。

 彼女は渾身の魔力を込め、その光をヴァレリウスに撃ち込んだ!


  カッ!!


 浄化の光が直撃する。

 勝利を確信したスカーレット。

 だが——


「……ぬるいな」


 光が晴れた後、そこには無傷のヴァレリウスが立っていた。

 黒い泥が、ワクチンの光を「捕食」し、咀嚼そしゃくしていたのだ。


「なっ……効かない!?」

「劉! なんでよ!」


 スカーレットが叫ぶと、劉の気の抜けた声が返ってきた。


『……ほう。あやつ、進化しやがってる。抗体ができちまってるな。流石に打つ手なしだなぁ』


「感心してる場合じゃないでしょ!? どうすんのよ!」


『知らん。逃げるか? まぁ、逃がしてくれそうもないが』


「消えろ」


 ヴァレリウスが手を振るう。

 ただそれだけで、衝撃波が発生し、スカーレットとマーガレットは木の葉のように吹き飛ばされた。


「きゃぁぁぁっ!?」

「がっ……!」


 壁に激突し、床に転がる二人。

 力の差が歴然としていた。もはや戦術や連携でどうにかなるレベルではない。


「……終わりだ、ネズミ共」


 悪意の鎧を纏った怪物が、トドメを刺そうと近づいてくる。

 絶体絶命。


 その時。


「……いっつつ……」


 瓦礫を押しのけて、ふらりとマーガレットが立ち上がった。

 全身傷だらけだ。だが、その瞳だけが異様に据わっている。


「……ねえ、お姉様」


「マーガレット……? 逃げなさい、もう……」


「私にもね、わかんないの。……この『三つ目』を使ったら、どうなっちゃうのか」


 彼女は虚空を見つめ、自身の胸に手を当てた。


「でも、やるしかないよね」


 ブォンッ!!


 マーガレットの全身から、制御不能の魔力が噴出した。

 それは彼女の魔導回路を無視し、無秩序に、デタラメに暴走オーバーヒートし始めた。


『……ふむ。三番目の魂を覚醒させ、融合させるつもりか』


 劉が興味深そうに呟く。


「何が起こるの?」


『サンプルが少なすぎてわからん。……だが、あの異質な波長。俺の前世の世界でも、この世界のものでもない』


 マーガレットの姿が光に包まれる。


 その光の中で、彼女のシルエットが変質していく。

 少女の輪郭が溶け、より高く、より鋭く、より完成された何かへと作り変えられていく。


『ま、うまくいけばこの局面、打開できるだろう』


「なによ、無責任爺ぃ!」


 スカーレットの怒声がかき消されるほどの轟音と共に、光が弾けた。


 光の中、その「存在」は唇を開いた。


「@#$%%&……*+>_?」


 誰の耳にも届かない、音階ですらない振動。

 それは言語というよりは、高次元の座標データそのものだった。

 空間がピリピリと震え、ヴァレリウス(悪意)ですら動きを止める。


 数秒の静寂。


 やがて、その瞳がカシャリと焦点を結ぶ。


「……学習完了ラーニング・コンプリート。言語野との同期、正常」 「意思の疎通可能コミュニケーション・ポッシブル


 機械的な宣言と共に、眩い光が収束していく。


 神々しい「銀髪の美女」のシルエットが霧散し、そこに現れたのは——見慣れた栗色の髪の少女、マーガレットだった。


 だが、その立ち姿は以前とは別物だった。

 背筋は凍るほど真っ直ぐに伸び、纏う空気は静謐せいひつ


 まるで王族が下々を見下ろすような、絶対的な品格。


「……お待たせいたしました、お姉様」


 マーガレットが、優雅にスカートのすそをつまんでカーテシーをした。


 その所作の美しさに、スカーレットは息を呑んだ。

 一瞬だけ見えた「あの姿」の残像が、脳裏から離れない。


(……なんなの、今の美しさは。心が揺さぶられるような……)


「さて。……下品な泥遊びは終わりにしましょうか」


 マーガレットは冷徹な瞳でヴァレリウスを見据えた。


「消え失せろ!」


 ヴァレリウスが黒い衝撃波を放つ。


 だが、マーガレットはその場から動かない。

 彼女がスッと右手を掲げた瞬間——衝撃波は、彼女に当たる直前で「どこか」へ消滅した。


「なっ……!?」


「こちらの座標軸セカイでは、そう呼ぶのでしたか。……『多次元同時攻撃』」


 マーガレットが指を鳴らす。


  ドガガガガガガガッ!!


 ヴァレリウスの全身が、見えない何かに殴打された。

 前後左右、上下、さらには「数秒前の過去」や「数秒後の未来」からも。

 三次元の概念を超越した、回避不能の連撃。


『グ、アアアアッ!?』


 悪意の鎧が砕け散る。

 「悪意の真実」ですら、理解不能な事象に悲鳴を上げる。


「……まだです。これでは決定打に欠ける」


 マーガレットはふと、スカーレットの方を振り向いた。

 その瞳には、隠しきれない熱情——三つの魂が重ね合わせた、巨大な「愛」が宿っていた。


「お姉様。私の『全て』を受け取ってください」


「え……?」


 マーガレットの手から、虹色の光が放たれ、スカーレットを包み込む。

 瞬間、スカーレット(劉)の脳内に、未知の感覚ロジックが流れ込んできた。


『……おいおい、マジかよ』


 劉が絶句する。


『空間座標の概念が書き換わっていく……。これが、あいつの見てる世界か!』


 スカーレットの視界が開けた。

 敵の身体だけでなく、その周囲に重なる無数の「可能性パラレル」が見える。

 どこから斬れば当たるかではない。

「全ての場所」から斬ればいいのだ。


「……ふふ。とんでもないプレゼントね」


 スカーレットは剣を構えた。

 マーガレットも構える。


「行きますわよ、お姉様」

「ええ。合わせなさい、マーガレット!」


 二人の影が消えた。

 いや、世界そのものがブレた。


【双龍・多次元連撃ツープラトン・ディメンション・ブレイク


 スカーレットの剣閃と、マーガレットの打撃。


 それが、現在・過去・未来のあらゆる角度から同時にヴァレリウスを襲う。


『ギャアアアアアアアッ!!』


 「悪意の真実」は悟った。

 ここには勝機がない。未知のことわりには、未知の恐怖でしか対抗できない。


 黒い泥はヴァレリウスの肉体を見限り、瞬時に霧散して床下へと逃亡した。

 残されたのは、攻撃の余波を一身に受けた生身の伯爵のみ。


「が、は……っ」


 ヴァレリウスは白目を剥き、どうと倒れ伏した。


 完全なる失神。


 静寂が戻る。


 スカーレットの身体から虹色の光が消え、いつもの感覚が戻ってきた。


「……終わった、の?」


 振り返ると、マーガレットはその場にへたり込んでいた。


「ふぅ……。疲れたぁ……」


 顔を上げた彼女の瞳からは、先ほどの冷徹な光は消え、いつもの人懐っこい(そして少し残念な)色が戻っていた。


「お姉様! 今の私、かっこよかった!? ご褒美にチューして!」


「……はいはい。後でね」


 スカーレットは苦笑し、気絶したヴァレリウスを拘束しに向かった。


 その背中を見ながら、マーガレット(の中の誰か)は満足げに微笑み、深い眠りへと戻っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ