第8章:路地裏の答え合わせ
幾何都市クアドラの最下層。
整備された表通りとは違い、汚水とゴミの臭いが漂うスラム街の路地裏。
二つの影が、別々の方向から駆け込み、出会い頭にぶつかりそうになって急停止した。
「っと!」
「……あら」
スカーレットとマーガレットだ。
二人とも息一つ切らしていないが、その瞳には強い警戒心と、安堵の色が混ざっていた。
「……脱出できたようね。あの変態伯爵の手から」
「そっちこそ。お姉様なら大丈夫だと思ってたけどね」
二人は汚れた木箱に腰を下ろし、互いに見てきた情報を交換し始めた。
「あいつ、分身してたわよ」
マーガレットが不服そうに唇を尖らせる。
「地下にいたのは多分『副音声』みたいなもんね。本体の意識は、お姉様の方に行ってたんじゃない?」
「ええ。書斎に現れたわ。でも、あっちも全開じゃなかった」
スカーレットは劉の分析結果を伝える。
「【並列存在】によってリソースが割かれていた。おそらく、私と戦っていたのが70%、あなたを監視していたのが30%といったところね」
「30%であの拘束力? ……ムカつく男」
「それに、ギフトは一つや二つじゃなかったわ。炎、重力、解析、分身……。まさに『多重能力者』よ」
二人の表情が引き締まる。
個の武力だけでなく、戦争の天才としての指揮能力、そして複数のギフト。
まともにぶつかれば、ただでは済まない。
「で? どうするのお姉様。逃げる?」
マーガレットが試すような視線を向ける。
スカーレットは不敵に笑い、書斎からくすねてきた羊皮紙の束を取り出した。
「逃げないわ。……面白いものを見つけたの」
「なにそれ」
「クーデター計画書よ。あいつ、本気で国を獲る気だわ。……そして、その計画の中には、あなたの『スラムの女の子』たちの居場所も記されていた」 「!」
マーガレットの目の色が変わる。
「街の外れにある軍事施設。そこで『兵士強化実験』が行われている。……人質を救出して、ついでにあの澄ました天才の鼻を明かしてやる。どう?」
スカーレットの提案に、マーガレットはニヤリと笑い、バシッとスカーレットの背中を叩いた。
「乗った! さすが私のお姉様、話が早くて助かるわ!」
「痛いわよ。……それと、作戦指揮は私が執るからね。暴走禁止よ」
「えー、善処しまーす」
薄暗い路地裏で、二人の転生者が拳を合わせた。
その、次の瞬間だった。
ヒュンッ。
風切り音と共に、路地裏の四方八方——屋根の上、樽の陰、マンホールの下から、無機質な仮面をつけた黒装束の集団が現れた。
その数、二十。完全に包囲されている。
「……話してる最中に割り込むなんて、マナーがなってないわね」
スカーレットは拳を下ろさず、冷ややかな視線を走らせる。
「『掃除屋』か。……へえ、一般兵よりは練度が高そう」
マーガレットが鼻を鳴らす。
戦闘は一瞬だった。
スカーレットの剣閃と、マーガレットの剛拳。
転生者二人の前では、彼らは紙切れのように舞い、沈黙した。
「……弱い。張り合いがないわ」
マーガレットが倒れた兵士を跨ぐ。 だが、スカーレットの表情は険しかった。
「いいえ。これは時間稼ぎよ」
路地の外から、重厚な足音が地響きのように近づいてくる。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ。
一糸乱れぬ行軍音。
「……聞こえる? この数」
スカーレットが耳を澄ませる。
「数百……いえ、千に近いわね。この都市全体に配備された、伯爵の正規軍よ」
「げっ。あんなの全部相手にしてたら、日が暮れちゃうわよ」
「だから『隠密』で行くの。……狙うは本丸、軍務局の地下よ!」




