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第6章:多重能力者(マルチ・ギフテッド)

「さて、私はこれからここの領主様を調べる必要があるので、街に出るわ」


「お姉さまも? じゃ、目的は私と一緒ね。デートしながら、調べましょうよ」


 カフェを出た後、スカーレットはマーガレットに別れを告げようとしたが、まるで無駄だった。


「マーガレット、あなたの目的は?」


「あらぁ、それはお姉さまにもひ・み・つ♡」


 マーガレットは人差し指を唇に当て、わざとらしくウィンクをして見せる。その仕草の端々に、隠しきれない「お姉さま大好きオーラ」と「何かとんでもないことを企んでいる気配」が混在していた。

 スカーレットは小さく溜息をつき、諦めたように歩き出した。


 二人は街の酒場や市場で聞き込みを行ったが、返ってくる答えはどれも不穏なものばかりだった。


「領主のヴァレリウス伯爵か? あいつは血も涙もねえよ」


「先月も、スラムの若い女が何人も『屋敷』に連れて行かれたっきり、戻ってこねえんだ」


「子供の行方不明も多い。裏で人身売買をしてるって噂だぜ」


「戦争狂だよ。領土を広げることしか頭にない」


 典型的な腐敗貴族。

 誰もが口を揃えてそう言う。だが、スカーレットは違和感を覚えていた。


(……評判は最悪ね。でも、街の機能は死んでいない)


 確かに圧政は敷かれているが、インフラは完璧に整備され、物流も滞っていない。

 ただの無能な暴君なら、街はもっと荒廃しているはずだ。

 ここには、冷徹だが極めて有能な「管理」の意思が働いている。


「ふーん。女好きの変態領主かぁ」


 マーガレットがペロリと唇を舐めた。


「私とお姉様を見たら、すっ飛んでくるかもね? そしたらボコボコにして、お城を乗っ取っちゃおうか」


「短絡的ね。……でも、一度顔を拝む必要はありそう——ッ!?」


 その時。  街の大通りに、重厚な地響きが轟いた。


「領主様のお通りだ! 道を空けろ!!」


 衛兵の怒号と共に、市民たちが蜘蛛の子を散らすように道を開ける。

 現れたのは、豪奢な馬車……ではない。

 黒鉄でコーティングされた、装甲戦車のような馬車だった。

 その窓が開かれ、一人の男が顔を覗かせた。


 年齢は三十代半ば。

 刈り上げた金髪に、彫刻のように整った冷たい顔立ち。

 軍服を隙なく着こなし、その指には——七つの指輪が嵌められていた。


(……あれが、ヴァレリウス伯爵)


 スカーレット(劉)の目が、男の指輪ではなく、男自身から発せられるオーラに釘付けになる。


『……おいおい。冗談だろ』


 劉が呻く。

 通常、この世界の人間が持つ「ギフト(天賦の才)」は一人につき一つだ。

 火魔法のギフト、剣術のギフト、商才のギフト。


 だが、あの男からは——


『ギフトの反応が、 四つ……いや、五つ もあるぞ』


 複数の魔力波長が、一人の肉体の中で渦巻いている。

 転生者のような「魂の融合」ではない。

 生まれながらにして、複数の才能を詰め込まれた突然変異ミュータント


「……目が合った」


 スカーレットが呟く。

 馬車の中のヴァレリウス伯爵が、群衆の中にいるスカーレットとマーガレットを一瞥したのだ。


 その瞳は、女を品定めする好色なものではなかった。

 戦場の配置図を見るような、無機質で、底知れない「軍略家」の目。


(……ふっ。ただの女好き? 誰よ、そんな適当な噂を流したのは)


 スカーレットは背筋に走る戦慄を抑え、口元を歪めた。


 あれは、腐敗貴族なんて可愛いものじゃない。

 己の才能だけで男爵から這い上がった、本物の「戦争の天才」だ。


「……マーガレット。気合を入れなさい」


「んー? あのイケメンがどうしたの?」


「あいつ、たぶん——私たち(転生者)と同等か、それ以上に強いわよ」


 幾何都市を支配する「多重能力者マルチ・ギフテッド」。

 最悪の敵が、静かに通り過ぎていった。


「……で、夜に屋敷に潜入しましょうよ!」


 宿に戻るなり、マーガレットは鼻息荒く提案した。


「あんな奴許せないわ! スラムの女の子たちを拉致監禁して、あんなことやこんなこと……ううっ、想像しただけで私の何かが爆発しそう!」


「……正義感ぶるのはよしなさい」


 スカーレットは冷ややかに紅茶を啜った。


「劉が言っているわよ。『あの娘の脳内、助けた女の子たちでハーレムを作る妄想で埋め尽くされているぞ』って」


「なっ!? ち、違うもん! 純粋な人助けだもん!」


「はいはい。却下よ。相手は未知数の『多重能力者』。情報が足りないわ」


「えー、お姉様の意気地なし!」


 マーガレットは頬を膨らませて部屋を出て行った。

 スカーレットはふぅ、と息を吐く。


(……劉。あの子、行くわよね)


『ああ。間違いなくな。陳美麗の記憶にある「好色」と、今のガキの「浅慮」が混ざり合っている。止めても無駄だ』


(……なら、利用させてもらうわ)


 スカーレットの瞳に、冷徹な軍師の光が宿る。

 劉の持つ膨大な戦略知識。古今東西の兵法書、戦史データ。それらが導き出した最適解は、「陽動デコイ」だった。


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