第4章:魂の計算式(ロジック)
『……仮説だ。だが、俺の計算が正しければ、完全融合は【罠】だ』
劉の言葉に、スカーレットは眉をひそめた。
「罠?」
『ああ。サンプルとして、あのゲオルグ……前世の名は眞垣徹を思い出してみろ』
かつての宿敵。
前世では扶桑国を代表する数学の超天才であり、若くして剣聖と呼ばれた祖父をも凌駕した剣の達人。
『あいつは、こっちの世界の肉体と、前世の魂(眞垣)を完全に融合させていた。記憶も能力も、全て統合された一つの人格としてな』
「ええ。強かったわ。悪魔的に」
『確かに強かった。だが……俺から見れば【遅かった】』
劉の声色が、冷徹な分析官のものに変わる。
『俺が知る眞垣徹のポテンシャルは、あんなもんじゃない。あいつの脳内演算速度、剣の冴え……本来なら、俺ですら手も足も出ないレベルの怪物だったはずだ。だが、実際に戦ってみたらどうだ? 俺の前世の能力の、精々7割程度しか出せていなかった』
「7割……? あんなに強かったのに?」
『ハードウェア(肉体)とOS(魂)の互換性の問題さ』
劉はスカーレットにも分かるように、前世の知識を使って説明を続ける。
『全く別規格のシステム同士を、無理やり一つに溶かし合わせるんだ。当然、バグが出るし、処理落ち(ラグ)も起きる。コーヒーと紅茶を混ぜて、最強の飲み物ができるか? ただの泥水になる可能性の方が高いだろう』
「……なるほど。あえて混ぜないことで、純度を保つと?」
『そうだ。俺はスカーレットという「器」の上で、劉玄雲という「アプリケーション」を仮想展開させている。これにより、俺の経験値と演算能力は100%の状態で保存され、必要な時だけお前に貸し出せる』
並列処理。
二つの脳味噌で、別々のタスクを処理しつつ、戦闘時にはリンクする。
それが、最強の剣士であり数学者であったゲオルグに、スカーレットが勝利できた理由だった。
『自我がなくなることへの恐怖もあったが……俺の長年の勘が警鐘を鳴らしていたのさ。「この世界のシステム(融合)に従うな」とな』
劉は80年の人生を生き抜き、あらゆる知識を貪欲に吸収してきた怪物だ。
その経験則が、安易な融合を拒絶した。
『おそらく、完全融合にはメリットよりもデメリットの方が大きい。個としての爆発力は上がるが、魂の底が均されてしまう』
「……意図的に、転生者の牙を抜くためのシステム、ということ?」
スカーレットが呟くと、劉は低い声で肯定した。
『ああ。考えすぎかもしれんが……この世界自体に、俺たちのような「異物」を管理しようとする、黒幕的な奴がいるのかもしれん』
窓の外。
幾何都市クアドラの、整いすぎた夜景が広がっている。
その人工的な光が、まるで何者かの監視の目のように見えた。
『ま、今は推測の域を出ない話だ。……寝ろ、スカーレット。明日はあの「嵐」がまた来るぞ』
「……そうね。頭が痛いわ」
スカーレットは布団を頭まで被った。 だが、その胸中には、劉が示した「世界の違和感」が、小さな棘となって刺さったままだった。




