表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/15

Scene 3:ゼロ・エミッション(完全制御)

 合図はなかった。

 瞬き一つの間に、二つの影が消失し――そして、空間の中央で火花が咲いた。

 ――キィィィィィン!!

 鼓膜を劈くような高周波音。

 鋼と鋼が、一秒間に数十回という異常な頻度で衝突し、弾かれ、再び噛み合う音だ。

「な、なんだ……!?」

 部屋の四隅に控えていた親衛隊「影」たちが、武器を構えることすら忘れて立ち尽くす。

 彼らの動体視力では、二人の姿を追うことすらできない。

 見えるのは、紅い髪の残像と、紫電を帯びた剣閃の軌跡だけ。

「閣下をお守りしろ! 囲め!」

 隊長格の男が叫び、数名が飛び出そうとする。

 だが、その足を止めたのは、執事シリルの静かな声だった。

「……動くな。死ぬぞ」

「し、しかしシリル様!」

「見ろ。我々の入る隙間スロットなど、どこにもない」

 シリルは片眼鏡の位置を直し、悔しげに、しかし畏敬の念を込めて二人の戦いを見つめた。

 それは、異常な光景だった。

 スカーレットとバルカスは、猛スピードで剣を振るい、体術を繰り出している。

 だというのに――部屋の中の物が、何一つ壊れていないのだ。

 テーブルの上の花瓶。壁に掛けられた名画。繊細なガラス細工のランプ。

 二人の剣先は、それらをミリ単位で見切り、避けている。

 いや、避けているのではない。

 彼らにとって、対象以外を傷つけることは「無駄コスト」なのだ。

 スカーレットの剣が、高価な磁器のポットの取っ手の穴を、針を通すように突き抜けてバルカスの喉元へ迫る。

 バルカスはそれを、ポットに触れることなく、最小限の首の動きだけで躱す。

「……ふっ!」

 スカーレット(劉)の【けい】は、インパクトの瞬間のみに収束するため、衝撃波で周囲を散らかすことがない。

 バルカスの【最適化オプティマイズ】は、破壊判定を敵の肉体のみに設定しているため、背景オブジェクトには干渉しない。

 嵐のような剣戟の中にありながら、テーブルクロスさえ風圧で少し揺れる程度。

 この異常なまでの「制御力コントロール」こそが、彼らが人外である証明だった。

「…………」

 執事シリルは、主に向かって深く頭を下げた。

 戦いの最中の主に声をかける無礼を承知で、こう告げるしかなかった。

「……申し訳ございません、閣下。

 我々ごとき凡俗のスペックでは、この『処理速度』にはついていけません。援護不能です」

「構わんよ、シリル」

 バルカスは剣を振るいながら、息一つ切らさずに答えた。

 その顔には、愉悦の笑みが貼り付いている。

「これは私と老師との『コード・レビュー(答え合わせ)』だ。ノイズはいらない」

 ガギンッ!

 二人の剣が強く交差し、互いにバックステップで距離を取る。

 着地音すらしない。

 静寂が戻る。

 部屋は、戦う前と同じく整然と美しく保たれていた。ただ、二人の周囲の空気だけが、陽炎のように揺らめいている。

「……やるな、小僧」

 スカーレットが、心底楽しそうに口角を上げた。

「私の突きを、ポットの穴越しに通させるとは。その高級品が惜しかったか?」

「ええ。それは中原国の古美術アンティークですからね。老師の故郷のものでしょう?」

 バルカスもまた、眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、ニヤリと笑う。

「貴方こそ、私の演算した『回避ルート』を先読みして、あえて袋小路へ誘導しようとしましたね? ……性格が悪い」

「年寄りは意地が悪いものさ」

 軽口を叩き合う二人。

 だが、その眼光は互いの急所から一瞬たりとも外れていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ