第8章 : 侵入の代償
サーバールームは、機械の低い唸りと冷気に満ちていた。
整然と並ぶ黒いラックが無表情に立ち並び、その一つ一つが犯罪組織の“心臓”のようだった。
「クレハ、データ端末を接続する」
『了解。君の位置、問題なし。
……それじゃあ“吸い上げ”を開始しようか』
ゼロは渡された小型端末をサーバー基部に差し込む。
直後、画面に赤いバーが走り始めた。
進行率 6%──12%──18%
数字が増えるごとに、ゼロの胸の奥で緊張が締め付ける。
その時。
“カツン……カツン……”
規則的な靴音が、廊下の方から近づいてきた。
「……巡回が早い」
『予定より二分前倒しだね。どうする?逃げてもいいよ?』
「やると言っただろ」
ゼロは声を殺し、部屋の照明を落とした。
暗闇に溶け込むように棚の影に身を滑らせる。
扉が開く。
懐中電灯の白い光が室内を舐め回すように動いた。
男が、一歩、また一歩と踏み入ってくる。
進行率 51%
「……間に合えよ」
手汗がじわりと滲む。
中園直属の警護に見つかれば、問答無用で射殺されるだろう。
男の靴底が床を叩く音が近づく。
65%
呼吸さえ敵だ。
静かに、肺の奥に押し込むように息を止め──。
そのとき。
端末がわずかに電子音を漏らした。
“ピッ”
警備員の懐中電灯が一瞬でゼロの隠れる方向へ向く。
「……誰だ?」
銃を構える音。
70%
『ゼロ、そろそろ判断を──』
「まだだ」
警備員の足がさらに近づき──
影が重なった瞬間、ゼロは床を蹴った。
無音の飛び出し。
訓練場で叩き込まれた“初撃の感覚”が体を貫く。
手刀が警備員の首筋に吸い込まれるように走り、
男は短い息を漏らして倒れた。
受け止めるように抱きかかえ、床に静かに寝かせる。
銃声を一発でも鳴らせば終わる。
だからゼロの指先は震えていなかった。
98%──100%
『……完了。やったね、ゼロ』
「よし、撤収する」
端末を抜き、倒れた警備員を避けて扉へ向かう。
しかし──。
『ゼロ、止まって』
「?」
クレハの声がいつになく低い。
『上層階のカメラ、死角のはずなのに……“動いてる”』
「誰か来るのか?」
『来るのは──巡回じゃない。
“中園本人”だよ』
胸に冷たいものが走る。
標的を殺す任務ではない。
だが、奴に見つかれば計画が破綻するだけじゃ済まない。
復讐の“線”が、断ち切られる。
「……リュウガは?」
『外で待機中。呼べば動くけど……
中園は臆病な男じゃない。“武装してる”よ』
「俺は逃げるつもりはない」
『ゼロ……?』
「ここまで来て、ただ逃げろって?
復讐の相手の“顔”を、この目で確かめずに帰るのか?」
静かな怒りが声を震わせる。
廊下の奥、重い足音が響いた。
ゆっくりと──確実に近づいてくる。
『……いいよ。君が選んだ道だ』
クレハの声が諦めでも止めるでもなく、ただ“観察”に戻る。
『じゃあ、ゼロ。
初めての“本物”との対面だ』
ゼロは息を整え、扉に背中を預ける。
その向こうに──
家族を奪った“組織”に繋がる男がいる。
復讐の火は、もう消えない。
「……来いよ」
ゼロは、ゆっくりとナイフを握り直した。




