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救いのない世界  作者: Fall44


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第6章 : 潜入

 旧工業区に差しかかると、街の空気が一気に変わった。

 街灯はほとんどなく、建物は朽ち、風の音だけが金属片を鳴らす。

 人の気配は皆無。ここが犯罪者にとって都合のいい隠れ家になる理由が、すぐに理解できた。


「ここから先は車を降りる」


 ユナが静かに言い、車を廃倉庫の影に滑り込ませて停める。

 二人は闇の中へ足を踏み出した。


 冷たい夜気が肌を刺す。

 遠くで犬の鳴き声が反響し、建物に吸い込まれた。


「ゼロ、見える?」


「あぁ……暗くても問題ない」


 昨夜からずっと、自分の感覚が鋭くなっている。

 光の欠片すら、目の奥に吸い込むように捉えられる。

 ユナはそんなカイの反応を横目で見て、小さく呟いた。


「やっぱり……変わってる」


「どういう意味だ?」


「後でいい。今は任務に集中」


 ユナが前に出て、金属製の階段を上る。

 工場跡の二階部分──そこが蟻穴の隠れ家の入り口だった。


 錆びた扉の前でユナが立ち止まり、小型の装置を取り出す。

 耳の奥で微かな電子音がしたかと思うと、監視カメラの赤いランプがふっと消えた。


「あと二十秒だけカメラが死ぬ。ゼロ、カードキー」


「ああ」


 カイはクレハから渡された黒いカードを取り出し、扉の隙間に差し込む。

 内部で機械が弾けるような音がし──


 カチリ。


 扉が開いた。


「行くよ」


 ユナの声を合図に、二人は暗闇の内側へ滑り込む。


 部屋の中は静かだった。

 古い機材、埃をかぶったモニター、空になった酒瓶。

 ただ、奥の部屋からわずかに灯る明かりだけが、この場所がまだ生きていることを示していた。


「ターゲットは奥の部屋。仲間が数人いるはず」


「殺すのか?」


「今回は排除でもいい。けど死体は残さないこと。音も立てない」


 ユナは無表情でそう言い、ナイフを逆手で握る。


「ゼロ……初めての実戦、できる?」


「試してみたいだけだ」


 カイは低く答えた。

 胸の内で“何か”が微かに震え、目が冴えていく。


 足音を消し、二人は奥の通路へ進む。


 


 最初の見張りは、椅子に座りながらタバコを吸っていた。

 その煙が淡く天井へ上っている。


 ユナは一瞬視線で合図し──影のように動いた。


 呼吸ひとつ分の時間で男の背後に回り込み、首を刃で押さえる。


「……っ」


 声にならない声。

 男が意識を落とすまで、たった三秒。


 静寂が戻った。


「次は君の番」


 ユナが囁く。


「……任せろ」


 カイは心拍が上がるのを感じながら、通路を進んだ。


 次の部屋には二人の男がいた。

 声を潜めて会話しながら机に向かっている。


 カイは深呼吸し、ゆっくりとドアを開けた。


 一人が気づき、振り返った瞬間──

 カイの身体が勝手に動いた。


 影のように距離を詰め、男の口を押さえながら腹部に膝を叩き込む。

 息が漏れる間もなく、男は崩れ落ちる。


 もう一人が立ち上がり、銃を抜こうとした。


 ──遅い。


 カイは机に置かれた灰皿を掴み、男のこめかみに叩きつけた。

 鈍い音。

 男は倒れ、痙攣を残して動かなくなる。


 静寂が戻った。


 胸の奥に、熱が湧く。

 昨夜の“あの感じ”。

 理性を削るような快感が、じわりと背筋に染みてくる。


「ゼロ」


 ユナの声が背後からした。


「……問題ないよ。むしろ驚いた。初任務でここまで冷静な人、珍しい」


「俺は……」


 何か言いかけたが、言葉が続かない。

 ユナはそれ以上踏み込まなかった。


「急ごう。ターゲットは奥の部屋」


 二人は最奥の扉の前に立った。


 その向こうに──蟻穴がいる。


 復讐へ続く最初の鎖を切る、その瞬間がすぐそこにあった。


「いくよ、ゼロ」


「あぁ。やっとだ」


 ユナが扉のロックを解除し──

 二人は、同時に扉を蹴り開けた。

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