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救いのない世界  作者: Fall44


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第5章 : 初任務

 夜鴉の訓練場から戻って数時間後、カイは簡素な部屋で一息ついていた。

 壁も床もコンクリート。窓はない。

 あるのはベッドと机だけ。まるで“思考を削るための空間”だった。


 深く息を吐く。

 訓練の痛みはまだ骨の奥に残っているが、むしろその痛みが心を落ち着かせた。


 ──ここからすべてが始まる。


 ノック音が響いた。


「入るよ、ゼロ。いや、カイ」


 ドアが開き、クレハが入ってきた。

 その背後には、黒いタブレットを持ったスーツの女性が控えている。


「準備はできてる?」


「……あぁ」


「じゃあ、最初の依頼を渡す。君の復讐の匂いが、少しだけ混ざってる案件だ」


 クレハがタブレットを机に置くと、画面には一人の中年男性の顔写真が映った。

 厳つい顔、脂ぎった肌。反社会的な匂いが見ただけでわかる。


「こいつは、“蟻穴アリアナ”っていう闇ブローカーの一人。

 違法取引、殺しの仲介、臓器の密売……何でもやる男だ」


「……その名前、聞いたことある」


「だろうね。君の家族が殺された事件──

 あれに関わった“組織”はまだ表に出てきていないけど、

 この男は、その組織に武器を卸していた。間接的な関係者さ」


 心臓がわずかに跳ねた。


「ようやく“家族に繋がる線”が見えたわけだ」


「でも安心しないでね。まだこれは枝葉の一つに過ぎない。

 本当に復讐したければ、もっと深いところまで潜る必要がある」


「……わかってる」


 復讐に近づいている。

 その事実だけが、胸の奥でじわりと熱を帯びた。


「任務内容は単純。

 蟻穴の隠れ家に潜入して、“情報”を盗んでくる。

 殺すのが目的じゃないよ。まだね」


「……まだ?」


「うん。殺すのは、その情報を精査してから。

 君が勝手に暴走しないように、ね?」


 釘を刺すような言い方だったが、クレハの口元は笑っていた。


「潜入か。武器は?」


「これだけで十分」


 クレハは、黒いカードキーのような小さな機械を渡した。


「扉を開ける。監視カメラを一時的に止める。

 それ以上は、君自身の腕でどうにかして」


「あぁ、任せろ」


 カイは立ち上がり、深く息を吸った。


「……ところで、俺一人か?」


「違うよ。君の先輩を一人付ける」


 クレハが指を鳴らす。


 その瞬間、背後の影からひとりの少女が音もなく姿を現した。


 年齢はカイと同じくらい。

 銀色のショートヘア、切りそろえた前髪。

 無表情で、まるで人形のようだ。


「彼女は“ユナ”。夜鴉の潜入担当。優秀だよ」


「よろしく。ゼロ」


 声は淡々としていたが、目だけが鋭く光っていた。


「……名前はカイだ」


「ここではコードネームで呼ぶ決まり」


 ユナはきっぱり言い放つ。


 クレハが軽く肩をすくめた。


「まぁまぁ。任務中は“ゼロ”。

 ここからは夜鴉として動くんだから、切り替えなよ」


「……わかったよ」


「じゃあ二人とも──出発だ」


 クレハが扉を指し示す。

 カイはユナと目を合わせ、無言でうなずき合った。


 


 地上に出ると、すでに夜になっていた。

 街灯の光が濡れたアスファルトに伸び、風が冷たい。


「ターゲットの隠れ家は、旧工業区の外れ。車で十五分」


 ユナは淡々と説明しながら、小型の黒い車へ乗り込む。

 カイも助手席に乗り込むと、車は静かに夜の街へと走り出した。


「……緊張してる?」

 ユナがふと聞いてきた。


「してねぇよ。むしろ……」


「むしろ?」


「待ちきれない。復讐の最初の一歩だろ?」


 ユナは、微かに口角を上げる。


「その気持ち、嫌いじゃない」


 エンジン音だけが静かに響く。


 カイの胸の奥では、

 昨夜目覚めた“獣”がまた静かに爪を立てていた。


 そして──


 これが、闇の世界での最初の実戦。


 戻れる道は、もうどこにもない。

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