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救いのない世界  作者: Fall44


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第4章:黒羽の訓練

 夜鴉の拠点は、都心から少し離れた廃ビルの地下に隠されていた。

 クレハに案内され、コンクリートの階段を降りていくと、湿った空気が肌にまとわりつき、音すら吸い込むような静けさが広がっている。


「ここが、君の新しい“生活圏”だよ。ゼロ──いや、カイ」


 クレハは軽く笑ったが、声に温度はなかった。


 通路の両脇には黒いスーツの男女が整列していた。

 表情はない。視線すら向けてこない。

 ただ“影”のように配置されているだけだった。


「緊張するかい?」


「……多少はな」


「すぐ慣れるよ。君の中にある“何か”は、ここに馴染むはずだ」


 その意味深な言葉に、カイは眉をひそめたが、クレハはそれ以上説明しない。


 奥の扉が開かれると、広大な訓練場が姿を現した。

 銃声、金属音、怒号。

 むき出しの暴力と殺気が空間を満たし、空気が常にざらついている。


「まずは訓練だ。復讐には力がいる。──そのための“基盤”をここで作ってもらう」


 クレハが指を鳴らすと、一人の大柄な男が歩み寄ってきた。

 鋭い目つき。鍛え抜かれた身体。

 見上げるだけで圧が押し寄せてくるような存在。


「リュウガだ。今日からお前の担当だ。死ぬなよ」


 リュウガの低い声は、まるで判決のように重かった。


「体力テストから始める。走れ」


 返事をする前に、カイはトラックを全力で走らされた。

 息が荒れ、汗が噴き出し、肺が焼けるように痛む。

 腕立て、腹筋、スクワット。

 容赦のない負荷が続く。


「殺す気かよ……!」


「甘い。敵は、もっと躊躇なく殺しにくる」


 短い言葉だが、そこには経験で裏打ちされた重みがあった。


 次に手渡されたのはゴム製だが、本物と同じバランスのナイフ。

 リュウガも同じものを持つ。


「昨夜の殺意が“偶然”ではないか確かめる。構えろ」


「は?」


「構えろと言った」


 リュウガが一歩踏み込んだ瞬間、視界が弾けた。

 次に気づいたときには背中から床に叩きつけられていた。


「……っぐ!」


「反応は悪くない。だが技術がない。だから死ぬ」


 何度も何度も投げられ、叩きつけられ、呼吸がまともにできなくなる。

 それでも訓練は止まらない。


「……無理だ……」


「なら死ね」


 刃が喉元すれすれで止まる。

 その瞬間──


 カイの中で、何かが弾けた。


 恐怖でも怒りでもない。

 ただ一つの執念。


 「復讐を終えるまでは、絶対に死ねない。」


 家族の姿が浮かぶ。

 血の匂いが蘇る。

 胸の奥で、獣がうなる。


「……俺は……死ねないッ!」


 カイは咄嗟にリュウガの腕を掴み、体をねじり上げた。

 そのまま刃を喉元へ滑らせる。


 ゴムの刃がリュウガの首に触れた。


 ぞくり。


 昨夜と同じ、背骨を走るあの感覚。

 ただの恐怖ではない。もっと深い、暗い“快感”。


「……今のは悪くない」


 リュウガが一歩引き、口元に微笑のような影を浮かべた。


「その目だ。昨日の路地裏でも、こういう顔をしてたんだろうな」


 


 訓練が終わる頃には全身が軋み、痛みで指先すら震えていた。

 だが、胸の奥では確かな感触が芽生えていた。


「……俺は……もっと強くなれる」


 復讐は遠い。

 けれど、もう霞の向こうではない。


 施設の出口近くで、クレハが待っていた。

 壁にもたれ、カイをじっと観察するように見ている。


「お疲れ。どうだった?」


「……殺せるようになれる。そう確信した」


「いいね。君は本当に“夜鴉向き”だよ」


 クレハの口元に、薄い笑みが浮かぶ。


「じゃあ次は──初任務だ。

 覚悟して。

 これは君の復讐の“最初の一歩”になる」


 その言葉に、カイの瞳に再び暗い光が宿った。


 復讐の道は、もう後戻りできない。

 その第一歩が、いま確かに始まった。

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