第4章:黒羽の訓練
夜鴉の拠点は、都心から少し離れた廃ビルの地下に隠されていた。
クレハに案内され、コンクリートの階段を降りていくと、湿った空気が肌にまとわりつき、音すら吸い込むような静けさが広がっている。
「ここが、君の新しい“生活圏”だよ。ゼロ──いや、カイ」
クレハは軽く笑ったが、声に温度はなかった。
通路の両脇には黒いスーツの男女が整列していた。
表情はない。視線すら向けてこない。
ただ“影”のように配置されているだけだった。
「緊張するかい?」
「……多少はな」
「すぐ慣れるよ。君の中にある“何か”は、ここに馴染むはずだ」
その意味深な言葉に、カイは眉をひそめたが、クレハはそれ以上説明しない。
奥の扉が開かれると、広大な訓練場が姿を現した。
銃声、金属音、怒号。
むき出しの暴力と殺気が空間を満たし、空気が常にざらついている。
「まずは訓練だ。復讐には力がいる。──そのための“基盤”をここで作ってもらう」
クレハが指を鳴らすと、一人の大柄な男が歩み寄ってきた。
鋭い目つき。鍛え抜かれた身体。
見上げるだけで圧が押し寄せてくるような存在。
「リュウガだ。今日からお前の担当だ。死ぬなよ」
リュウガの低い声は、まるで判決のように重かった。
「体力テストから始める。走れ」
返事をする前に、カイはトラックを全力で走らされた。
息が荒れ、汗が噴き出し、肺が焼けるように痛む。
腕立て、腹筋、スクワット。
容赦のない負荷が続く。
「殺す気かよ……!」
「甘い。敵は、もっと躊躇なく殺しにくる」
短い言葉だが、そこには経験で裏打ちされた重みがあった。
次に手渡されたのはゴム製だが、本物と同じバランスのナイフ。
リュウガも同じものを持つ。
「昨夜の殺意が“偶然”ではないか確かめる。構えろ」
「は?」
「構えろと言った」
リュウガが一歩踏み込んだ瞬間、視界が弾けた。
次に気づいたときには背中から床に叩きつけられていた。
「……っぐ!」
「反応は悪くない。だが技術がない。だから死ぬ」
何度も何度も投げられ、叩きつけられ、呼吸がまともにできなくなる。
それでも訓練は止まらない。
「……無理だ……」
「なら死ね」
刃が喉元すれすれで止まる。
その瞬間──
カイの中で、何かが弾けた。
恐怖でも怒りでもない。
ただ一つの執念。
「復讐を終えるまでは、絶対に死ねない。」
家族の姿が浮かぶ。
血の匂いが蘇る。
胸の奥で、獣がうなる。
「……俺は……死ねないッ!」
カイは咄嗟にリュウガの腕を掴み、体をねじり上げた。
そのまま刃を喉元へ滑らせる。
ゴムの刃がリュウガの首に触れた。
ぞくり。
昨夜と同じ、背骨を走るあの感覚。
ただの恐怖ではない。もっと深い、暗い“快感”。
「……今のは悪くない」
リュウガが一歩引き、口元に微笑のような影を浮かべた。
「その目だ。昨日の路地裏でも、こういう顔をしてたんだろうな」
訓練が終わる頃には全身が軋み、痛みで指先すら震えていた。
だが、胸の奥では確かな感触が芽生えていた。
「……俺は……もっと強くなれる」
復讐は遠い。
けれど、もう霞の向こうではない。
施設の出口近くで、クレハが待っていた。
壁にもたれ、カイをじっと観察するように見ている。
「お疲れ。どうだった?」
「……殺せるようになれる。そう確信した」
「いいね。君は本当に“夜鴉向き”だよ」
クレハの口元に、薄い笑みが浮かぶ。
「じゃあ次は──初任務だ。
覚悟して。
これは君の復讐の“最初の一歩”になる」
その言葉に、カイの瞳に再び暗い光が宿った。
復讐の道は、もう後戻りできない。
その第一歩が、いま確かに始まった。




