第2章:ゼロの始まり
雨は夜の街をさらに冷たく濡らし、ネオンの光を反射させてアスファルトを濡らしていた。
カイはフードを深く被り、背中に軽く背負ったバッグの中のナイフを確かめる。
心臓の鼓動は早く、手がわずかに震えている。
家族を奪った相手を、ただ血眼で追いかけるだけでは何も変わらない。
カイは情報を集めるため、街の裏通り、闇市、噂話――ありとあらゆる場所を巡った。
その過程で、彼の耳に届いたのは「クレハ」という名前だった。
噂は少ないが、確かに力を持つ人物であり、復讐の手助けをしてくれるらしい。
廃工場の薄暗い路地にたどり着くと、そこにクレハは立っていた。
年齢は不詳。冷たい瞳がカイを一瞬で見抜く。
カイは息を整え、震える声で問いかける。
「……クレハさん。僕に、力を貸してくれませんか?」
クレハは静かに頷く。
その声は低く、しかし重みがあり、カイの胸に深く響いた。
「いいだろう。だが、お前はもう、ただの少年ではない。これからはゼロとして行動するのだ」
その言葉とともに、カイはコードネームゼロを襲名した。
この名は、過去も感情も封じ、復讐の道具として生きるための象徴だった。
息を整え、準備を終えたカイは、クレハに従い廃ビルの奥へ進む。
階段を下りるたび、心の奥で何かが軋む音がする。
それは恐怖か、怒りか、それとも両方か。
薄暗い倉庫の奥で、人影が揺れた。
ターゲットは背中を壁に押し付け、目を血走らせている。
カイはゆっくりと足を止め、目を見開いた。
ここで初めて、人を殺す瞬間が来る――その事実を、自分の身体が理解する。
手が震える。
呼吸が浅くなる。
だが、耳元のクレハの声は短く、冷たく命じる。
『やれ、ゼロ』
ナイフを握りしめる手に力を込め、カイは深く息を吸う。
過去の記憶、家族の笑顔、奪われた時間の全てを思い出す。
そして刃を振り下ろす瞬間、世界が一瞬止まったかのように感じた。
男の体が床に崩れ落ち、赤黒い血が広がる。
ナイフを握った手は震えていたが、それは恐怖ではなく、初めて“復讐の一歩”を踏み出した実感だった。
耳元のクレハの声が、わずかに柔らかく聞こえた。
『よくやった、ゼロ。これで道は開けた』
カイは返事をしなかった。
ただ、血の匂いと静寂の中で、自分がもう以前の少年ではないことを感じていた。
雨は外で強く打ち付け、街の音を洗い流すように響いていた。
カイ──ゼロは、静かにその場に立ち尽くした。
そして、奪われたものを取り返すための道が、冷たく光りながら伸びているのを感じた。




