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救いのない世界  作者: Fall44


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第1章:静かな夜に壊れたもの

 夜の街はいつも通り、微かに雨の匂いを含んで湿っていた。

 ネオンの光がアスファルトを濡らし、足元に淡い反射を作る。

 しかし、その夜、家の中は異様に静かだった。

 扉を開けた瞬間、違和感が胸を突いた。

 家族の声も笑い声も、いつもの生活の気配も、微塵もない。


 台所の灯りはついていたが、テーブルの上には何も置かれていなかった。

 ただ、家族の写真がひっくり返され、額縁のガラスにはひびが走っている。

 冷たい風が窓から入り込み、カーテンを揺らすたび、空気がざわついた。


 「……まさか」


 声にならない声を漏らし、カイは手を震わせながらリビングに足を踏み入れた。

 そこには、異様に整えられた家族の姿があった―とは言え、それは形だけの残骸だった。

 母と父、弟。全員が椅子に座ったまま、目は虚ろで、口はわずかに開いている。

 血はあまり目立たないが、服や床には微かに赤黒い染みが広がっていた。

 一瞬、心臓が止まったように感じた。


 「どうして……」


 カイの手が空中で止まり、唇が震える。

 理解できない光景に、理性は一気に押し潰されそうになった。

 そして、机の上に置かれた紙切れ―そこにはただ、一行だけが書かれていた。


 「これは始まりにすぎない」


 その文字は、冷たく、意図的に整えられた筆跡で、まるで誰かが静かにカイを観察しているかのような錯覚を与えた。

 怒り、恐怖、絶望。すべてが一度に押し寄せ、心を渦巻かせる。

 カイの目に涙が浮かぶが、それすら理性が許さない。

 血の匂い、冷たい空気、家族の残像―すべてが彼を呑み込もうとしていた。


 その夜、カイは気づいた。

 この街、そして自分を取り巻く世界には、普通に暮らせる場所など存在しないのだと。

 警察も、近隣も、この異常を止めることはできないだろう。

 なぜなら、背後には人間の手では制御できない“何か”が動いている―その存在を、直感で理解したからだ。


 そして、静かに拳を握る。

 血に濡れた床を見下ろし、崩れゆく理性の中で決意が芽生える。


 「…必ず、奪い返す……」


 その夜、雨音とネオンの光が、カイの決意を包み込み、街は変わらず静かに回り続けた。

 だが、もう彼の世界は、あの夜を境に完全に変わってしまったのだった。

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