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救いのない世界  作者: Fall44


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第14章 : 終焉 — 最後の一撃

 ヘリポートに、金属が軋むような衝撃音が響いた。


 カイと中園の拳がぶつかり、互いの足元の床がひび割れる。

 風が渦を巻き、二人のコートを激しく揺らした。


 中園は余裕を崩さないまま笑った。


「やっと本気になったね、魁。

 君がその名を取り戻すのを待っていた」


「黙れ……

 お前が奪った名前を、返してくれただけだ」


 魁の声は低く、しかし濁りが消えていた。

 復讐ではなく、決意の声。


 中園が一瞬、寂しげに目を細める。


「……やっぱり君は、私によく似ているよ」


「似てねぇよ。

 俺は誰も“作り替えない”」


「甘いな。

 強くなるとは誰かを犠牲にすることだ」


「それは……お前だけの理屈だ」


 中園は乾いた息で嗤うと、足元の影を踏みつけるように踏み込んだ。

 速度が、さっきまでとは違う。


 目で追えない速さ。


 魁の頬をかすめて拳が抜け、熱い血が飛ぶ。


 同時に、腹へ膝蹴りが突き上がる。


「っ──ぐ……!」


 視界が揺れる。


「力はある。感覚も鋭い。

 だが経験が足りない。

 君はまだ“未完成品”だ、魁」


「……未完成でいい。

 俺は……これから作り上げるんだよ。俺自身を!」


 魁は歯を食いしばり、中園の腕を掴んで引き寄せた。

 その動きはまるで獣。


 そして──


 拳を、全力で中園の顔へ叩き込む。


 乾いた破裂音。


 中園の頭が後ろに弾け飛ぶように揺れ、わずかによろめいた。


「……ほう……」


 軽く口元を拭うと、血が指先に滲む。


「痛いじゃないか」


「まだまだ行くぞ……!」


 魁は踏み込み、拳を連打する。

 殴り続ける。


 一撃ごとに、自分の過去を壊すように。


 父が泣いていた夜。

 母の冷たい手。

 妹の声が途切れた瞬間。


 そのすべてを燃料にして、打ち込む。


 しかし──中園はまるで踊るようにそれを受け流し続けた。


「感情任せじゃ勝てないよ、魁。

 怒りは力だが……同時に隙にもなる」


 次の瞬間、魁の胸に鋭い掌打が突き刺さった。


「がっ……!」


 肺の奥が潰れ、呼吸が途切れる。

 足が浮き、背中から床に叩きつけられる。


 中園は静かに近づきながら言った。


「やはり君はまだ“私を超えていない”」


 ブーツの音が、死刑宣告のように響く。


「君はここで終わる。

 それが物語として美しい」


 中園の手が、ゆっくりと魁の喉へ伸びた。

 その指先には殺意しかない。


『──ゼロ! 応答しなさいッ!』


 耳元でクレハの声が震えている。


 けれど魁は動けない。

 身体が痺れ、視界が霞む。


(……ここまでか……?)


(復讐も、守ることも……何ひとつ……)


 そのとき──魁の胸ポケットで、何かが転がった。


 弾丸。


 初任務の夜、クレハが渡してくれた“失敗作の記念に”と笑っていた弾丸。

 ただの金属の塊。


 だが……クレハは言った。


(“あんたが帰ってくるって信じてる。”)


 信じられていた。

 ずっと。


 魁の奥で、最後の火が灯る。


(……まだ……終われるかよ……!)


 呼吸が戻り、指が動く。


 魁は転がっていた弾丸を指先で弾くように握り、最後の力で中園へ投げた。


 ぱちん。


 ほんの小さな音。


 だが──中園の動きが一瞬止まった。


 たった一瞬。


 その一瞬で運命が変わる。


「おおおおおおおおッ!!」


 魁は叫びとともに立ち上がり、中園の顎へ渾身の拳を叩き込んだ。


 肉が震え、骨が軋み、血が飛ぶ。


 中園の身体が、大きく後ろへ吹き飛んだ。


 そして──


 フェンスに激突し、そのまま膝から崩れ落ちた。


 ヘリポートに、静寂が落ちた。


 中園はゆっくりと顔を上げる。

 そこには怒りも憎しみもなかった。


 ただ──満足したような微笑みがあった。


「……やっぱり……君は……私の……最高傑作……だ……」


 そのまま、力が抜けて沈黙した。


 風が吹く。

 夜が深い青に染まる。


 魁は、拳を開いた。

 血まみれの手を見下ろしながら、静かに息を吐く。


「……終わった……」


『魁……? 魁、返事して……!』


 通信越しのクレハの声が震えている。


 魁は空を見上げ、雨に濡れた顔でようやく答えた。


「……あぁ……終わったよ……クレハ」


 その言葉は、戦いの終わりであり──

 同時に新しい人生の始まりだった。

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