第14章 : 終焉 — 最後の一撃
ヘリポートに、金属が軋むような衝撃音が響いた。
魁と中園の拳がぶつかり、互いの足元の床がひび割れる。
風が渦を巻き、二人のコートを激しく揺らした。
中園は余裕を崩さないまま笑った。
「やっと本気になったね、魁。
君がその名を取り戻すのを待っていた」
「黙れ……
お前が奪った名前を、返してくれただけだ」
魁の声は低く、しかし濁りが消えていた。
復讐ではなく、決意の声。
中園が一瞬、寂しげに目を細める。
「……やっぱり君は、私によく似ているよ」
「似てねぇよ。
俺は誰も“作り替えない”」
「甘いな。
強くなるとは誰かを犠牲にすることだ」
「それは……お前だけの理屈だ」
中園は乾いた息で嗤うと、足元の影を踏みつけるように踏み込んだ。
速度が、さっきまでとは違う。
目で追えない速さ。
魁の頬をかすめて拳が抜け、熱い血が飛ぶ。
同時に、腹へ膝蹴りが突き上がる。
「っ──ぐ……!」
視界が揺れる。
「力はある。感覚も鋭い。
だが経験が足りない。
君はまだ“未完成品”だ、魁」
「……未完成でいい。
俺は……これから作り上げるんだよ。俺自身を!」
魁は歯を食いしばり、中園の腕を掴んで引き寄せた。
その動きはまるで獣。
そして──
拳を、全力で中園の顔へ叩き込む。
乾いた破裂音。
中園の頭が後ろに弾け飛ぶように揺れ、わずかによろめいた。
「……ほう……」
軽く口元を拭うと、血が指先に滲む。
「痛いじゃないか」
「まだまだ行くぞ……!」
魁は踏み込み、拳を連打する。
殴り続ける。
一撃ごとに、自分の過去を壊すように。
父が泣いていた夜。
母の冷たい手。
妹の声が途切れた瞬間。
そのすべてを燃料にして、打ち込む。
しかし──中園はまるで踊るようにそれを受け流し続けた。
「感情任せじゃ勝てないよ、魁。
怒りは力だが……同時に隙にもなる」
次の瞬間、魁の胸に鋭い掌打が突き刺さった。
「がっ……!」
肺の奥が潰れ、呼吸が途切れる。
足が浮き、背中から床に叩きつけられる。
中園は静かに近づきながら言った。
「やはり君はまだ“私を超えていない”」
ブーツの音が、死刑宣告のように響く。
「君はここで終わる。
それが物語として美しい」
中園の手が、ゆっくりと魁の喉へ伸びた。
その指先には殺意しかない。
『──ゼロ! 応答しなさいッ!』
耳元でクレハの声が震えている。
けれど魁は動けない。
身体が痺れ、視界が霞む。
(……ここまでか……?)
(復讐も、守ることも……何ひとつ……)
そのとき──魁の胸ポケットで、何かが転がった。
弾丸。
初任務の夜、クレハが渡してくれた“失敗作の記念に”と笑っていた弾丸。
ただの金属の塊。
だが……クレハは言った。
(“あんたが帰ってくるって信じてる。”)
信じられていた。
ずっと。
魁の奥で、最後の火が灯る。
(……まだ……終われるかよ……!)
呼吸が戻り、指が動く。
魁は転がっていた弾丸を指先で弾くように握り、最後の力で中園へ投げた。
ぱちん。
ほんの小さな音。
だが──中園の動きが一瞬止まった。
たった一瞬。
その一瞬で運命が変わる。
「おおおおおおおおッ!!」
魁は叫びとともに立ち上がり、中園の顎へ渾身の拳を叩き込んだ。
肉が震え、骨が軋み、血が飛ぶ。
中園の身体が、大きく後ろへ吹き飛んだ。
そして──
フェンスに激突し、そのまま膝から崩れ落ちた。
ヘリポートに、静寂が落ちた。
中園はゆっくりと顔を上げる。
そこには怒りも憎しみもなかった。
ただ──満足したような微笑みがあった。
「……やっぱり……君は……私の……最高傑作……だ……」
そのまま、力が抜けて沈黙した。
風が吹く。
夜が深い青に染まる。
魁は、拳を開いた。
血まみれの手を見下ろしながら、静かに息を吐く。
「……終わった……」
『魁……? 魁、返事して……!』
通信越しのクレハの声が震えている。
魁は空を見上げ、雨に濡れた顔でようやく答えた。
「……あぁ……終わったよ……クレハ」
その言葉は、戦いの終わりであり──
同時に新しい人生の始まりだった。




