第11章 : 天頂(てんちょう)
階段を駆け上がるたびに、骨がきしむ。
肺が潰れそうな痛みで悲鳴を上げているのが自分でも分かる。
だがゼロは止まらなかった。
──ここで止まれば終わる。
──中園は絶対に逃がせない。
その二つだけが、血の味にまみれた意識をつなぎ止めていた。
『ゼロ、右だ! そこの非常扉を開けて!』
クレハの指示に従い、ゼロは肩で扉を押し開けた。
——瞬間。
耳をつんざく銃声が廊下一面に響き渡った。
「……ッ!!」
ゼロは即座に横へ飛び込み、壁に背中をぶつける。
目の前を、何発もの弾丸が赤い閃光を引いて通過していった。
煙の中から、黒い防弾装備の男たちが姿を現す。
その人数は五人以上。
先頭の男が銃口を向けながら叫んだ。
「目標確認! 生かす必要はない! 撃て!」
銃火の音が廊下を満たす。
ゼロは床を滑り、破壊された柱の影に飛び込んだ。
頭上でコンクリートが弾け、破片が顔に当たる。
『敵は中園直属の“灰翼部隊”……!
ゼロ、正面突破は無理! 引いて別ルートを――』
「……いや、行く」
『は!?』
「ここを突破しなきゃ……中園には届かない」
ゼロの声に、迷いはなかった。
——自分でも驚くほどに。
体はボロボロだ。
血は流れ続け、呼吸は乱れ、視界は時折ノイズが走る。
それでも、足は勝手に前を向いていた。
その時だった。
左腰のホルスターが、何かの重さを訴えた。
──中園の部下から奪った、残弾3発のハンドガン。
ゼロはゆっくり息を吸い、呼吸を整える。
銃声が雨のように降り注ぐ中で、静かに立ち上がった。
クレハの声が震えていた。
『ゼロ……まさか正面から……いくつもりじゃ……』
「もう……逃げる気はない」
ゼロは柱の影から飛び出した。
——同時に。
世界が、異様なほど“ゆっくり”になった。
銃口が自分に向く瞬間。
敵の引き金にかかる指の動き。
弾丸が火花を散らしながら飛び出す軌跡。
一秒にも満たない動作が、まるで数秒に引き伸ばされたかのように見える。
(……やれる)
ゼロは床を蹴った。
世界が一気に加速する。
弾丸を避け、敵の死角に滑り込む。
一瞬の隙を突いて、ゼロは反撃を開始した。
パンッ──!
一発。
先頭の兵士のヘルメットの脇を撃ち抜き、首がのけぞる。
二発目。
すぐ隣の兵士の肩を貫き、銃を落とさせる。
最後の一発は、突進してきた敵の膝を正確に撃ち抜いた。
たった三発。
だがそれだけで、五人の隊列が瞬時に崩れる。
「な……っ!?」
「バケモノか──!」
驚愕の声があがる。
ゼロは表情一つ変えず、前へ進んだ。
血の匂いが濃くなるほど、意識は逆に澄んでいった。
(俺は……やっと“ここ”に来たんだ)
家族を奪われた夜から始まった、終わりのない感情。
それは今、確かな形となって手の中にあった。
ゼロは倒れかけた敵からナイフを奪い、残る兵たちに躊躇なく突っ込んでいく。
金属音が散り、肉の裂ける感触が掌に伝わる。
敵の叫びも、銃声も、今はただの背景にすぎなかった。
廊下に沈黙が戻った頃、ゼロは荒い呼吸のまま立ち尽くしていた。
足元には、灰翼部隊の残骸。
体はもう限界を越えている。
だが──
『ゼロ……! エレベーターが動いた!
中園がヘリポートに向かってる!』
その言葉を聞いた瞬間、ゼロの目が再び鋭く光った。
「……間に合う。まだ間に合う」
ゼロは血の滴る廊下を踏みしめ、走り出した。
彼の影は、天井の赤い灯りに照らされながら長く伸び、
まるで追いすがる黒い獣のように揺れていた。




