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救いのない世界  作者: Fall44


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第10章 : 爆ぜる影

 視界が薄れていく。

 耳の奥で鼓動が鈍い金属音のように響く。


 だがゼロの意識は消えなかった。


 ──負けられない。

 ──あいつを、必ず殺す。


 その執念だけが、身体をかろうじてつなぎ止めていた。


『ゼロ、応答して! 生きてるなら声出して!』


 ヘッドセット越しのクレハの声が、かすんだ霧の中から引き戻すように響く。


「……生きてる……っ」


 喉が焼けるように痛い。

 言葉を発すると胸の骨が悲鳴を上げる。


 ゼロは壁に手をつき、よろめきながら立ち上がった。

 床には血のしずくが点々と落ちる。


『くそ……っ、中園に遭遇するなんて聞いてない!

 予定では、敵の幹部クラスは別施設に──』


「言い訳は……いい。

 中園は……ここにいた。それだけだ」


 呼吸をするたびに肺が焼ける。

 腹の奥から込み上げてくる痛みは、さっきの一撃で内臓が揺れた証拠だ。


『すぐ救援を向かわせる。だから動かないで──』


「いや……待っていられない」


 ゼロはポケットから小型の煙筒を取り出し、ピンを抜いた。

 赤い煙が広がり、廊下の視界が一気に悪くなる。


 クレハが息を呑む。


『ゼロ!? まだ中園の部隊が周囲にいるのに──』


「だからこそ……動くんだよ」


 ゼロは煙の中を駆け出した。

 足は震え、視界は揺れ、呼吸は痛みで乱れている。


 それでも歩みは止まらなかった。


 ──ここで逃げたら一生追いつけない。

 ──あの男は“家族を殺した連中”の核だ。


 中園を逃すわけにはいかなかった。


 


 階段の手前で、黒服の兵士が二人、煙に気づいて銃を構えた。


「侵入者だ! 殺せ!」


 銃口がゼロを捉える。


 だがゼロの体は、痛みとは裏腹に鋭く反応した。


 銃声の瞬間に柱の影に飛び込み、すぐさま反対側へ滑り込む。

 敵が照準を切り替えるより早く、低い姿勢のまま足元へ飛び込んだ。


 刃を突き立てる。

 一人目の太ももに深く刺さり、悲鳴があがる。


「がっ──!」


 すぐに刃を引き抜き、横薙ぎに二人目の膝を切り裂く。


「ぎゃっ!」


 銃が床に落ちる。


 ゼロは呼吸も整えずに銃を拾い上げ、消音のまま二発撃ち込んだ。

 敵の腕と肩に命中し、二人とも動きを止める。


 迷いは一切なかった。


 動けば殺される。

 止まれば終わる。


 だから、走るしかなかった。


『ゼロ……君、今の身体でよく……』


「クレハ、どこだ?

 中園の目的……ここに来ていた理由は?」


『……』


「言え!」


『──ゼロ。

 中園は“逃走”の準備をしてた。

 君が倒した警備員の向こうに、専用エレベーターがある。

 そこから最上階のヘリポートに繋がってるんだ』


「ヘリ……!」


 ゼロの目が鋭くなる。


 逃げられる。

 このままでは、必ず。


『でも、ゼロ……その体じゃ戦えない。

 今すぐ撤退すべきだ』


「嫌だね」


 吐き捨てるように言った瞬間、胸の内側が熱く震える。


「……ここで逃げたら、俺は一生あいつに届かない」


 それは、ゼロ自身の叫びだった。

 痛みも、恐怖も、もう声を上げて止めようとしていない。


 代わりに──


 憎悪が、心臓の鼓動を支配していた。


「クレハ……道を教えろ。

 ヘリポートまでの最短経路を」


 沈黙が数秒。


 その後、クレハが小さく息を吐いた。


『……わかった。

 君がそこまで言うなら……僕が導く。』


『第6区画の階段を上がって、右の非常扉。

 そこから上層フロアに入れる。

 だが、敵が集結してるはずだ』


「殺す。

 邪魔するならまとめて」


 ゼロは痛みに歪んだ体を引きずりながら、しかし迷いのない目で前を見据えた。


 天井の非常灯が、赤く明滅している。

 血と煙の匂いが混じり合い、息を吸うほど喉が焼ける。


 それでも──


 ゼロの足取りは、次第に速くなっていった。


 その影は炎のように揺れ、そして、爆ぜる。

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