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救いのない世界  作者: Fall44


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第9章 : 邂逅

 廊下の奥から、乾いた足音がゆっくりと響いてくる。


 重く、揺るぎなく、まるで獲物の逃げ場を確かめるような歩みだった。


 ゼロは扉の横に身を寄せ、呼吸を殺す。

 指先には、握り締めたナイフの冷たさが沈み込んでいた。


『来るよ……。気を抜かないで』


 クレハの声が耳の中で震えるように響く。


 そして──廊下の照明に、一人の男の影が伸びた。


 白髪混じりの髪。

 漆黒のスーツ。

 背筋を一本の線のように伸ばし、歩みは静かだが、その存在は周囲の空気を圧迫する。


 中園仁志。


 裏社会で長く名を残し、警察すら手を出せない“壁”として知られる男。


 ゼロの胸の奥で、赤い焔のような感情がうねり始めた。


 ──こいつが、家族を奪った連中に繋がっている。


 中園はサーバールームの前で足を止める。

 倒れた警備員に目を落とし、まるでゴミを見るように眉ひとつ動かさなかった。


「この施設に……侵入者か」


 静かな声。

 だがその一言が、刃のように空気を切り裂く。


『ゼロ、下がったほうが──』


 クレハの言葉を途中で断ち、ゼロは影から一歩だけ姿を見せた。


 中園の視線がすぐに突き刺さる。


 年齢を感じさせない鋭さ。

 まるで、ゼロの本質そのものを覗き込むような目だった。


「……小僧。お前が、こいつを倒したのか」


 足元の警備員を顎で示しながら中園が言う。


「倒すつもりはなかった。眠らせただけだ」


「そうか。殺す度胸はまだ無いか……“夜鴉”の割には大したことがない」


 その言葉に、ゼロの奥で何かが弾けた。


「……夜鴉を知っているのか」


「当然だ。

 あれは裏社会の掃除屋だが──掃除しきれない汚れが、どうしても溜まっていく」


 中園はゆっくりとゼロに近づく。

 歩みは静かだが、その迫力は獣のそれに近い。


「……今日は誰が送り込まれた? “銀狼ぎんろう”か?

 それとも……“クレハ”か?」


 ゼロの背筋に冷たい汗が落ちる。

 中園は夜鴉を熟知している。

 その反応は、“敵対組織を知る者”のそれではない。


 むしろ──。


『ゼロ、気をつけて。

 中園は夜鴉の元構成員だ。脱走して別の組織を作り上げた。

 君の家族を殺した連中を率いていたのは……“こいつ”だよ』


 その言葉に、ゼロの視界が赤く染まった。


 呼吸が荒れ、足が勝手に前へ出る。


「お前が──!」


 叫びと同時に飛び込む。

 ナイフが閃き、中園の胸へ一直線に走る──はずだった。


 しかし。


「遅い」


 中園の手がゼロの手首を掴み、簡単に動きを止める。

 力が強い。

 握られただけで手首の骨が軋む。


 次の瞬間。


 ドンッ


 腹に鈍い衝撃。

 殴られたことすら理解できない速度で、ゼロの体は壁へ吹き飛んだ。


「ぐあっ……!」


 肺が潰れ、視界がぐらつく。


 中園は淡々と近づいてくる。


「夜鴉は人を育てるが……“怪物”は作れない。

 あの組織から離れた理由がわかるか?」


 ゼロの喉元を掴み、引き上げながら言う。


「弱すぎるからだ」


 ゼロの中で、怒りと屈辱が混ざる。

 しかしそれ以上に──恐怖が体を痺れさせていた。


 中園は本物だ。

 夜鴉の訓練ですら届かない“化け物”。


「だが……少しは楽しめそうだ。

 復讐か? いいだろう。お前の目はなかなかだ」


 ゼロの顔を覗き込み、中園が薄く笑った。


「いつでも来い。殺せるものならな」


 その言葉とともに、ゼロの体は投げ捨てられる。

 床が割れるほどの衝撃が背中に走った。


 中園は背を向け、ゆっくりと廊下を歩き去る。


 その姿を、ゼロは血を吐きながら睨み続けていた。


『ゼロ! ゼロ、聞こえる!?』


 クレハの焦った声がヘッドセットで響く。


 ゼロは荒く息を吐き、かすれた声で呟いた。


「……見つけたぞ……俺の敵を」


 全身が痛む。

 骨が軋む。

 視界が揺れる。


 だが──

 胸の奥の炎は、今までで一番強く燃えていた。

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