Stellaと歩む再構築譚
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※プロットを共有し、誤字脱字の確認や執筆の補助、構成の相談でGemini(AI)と協力しています
目の前には、見慣れない天井が広がっていた。
土壁と木材で組まれた、質素な室内にはベッドとサイドテーブルしか置かれていない。
「マジか……」
思わず口から出たのは、日本語。
否、脳内では日本語なのに、唇から漏れた音は聞いたことのない言語だった。
窓から差し込む光は、見慣れない植物のシルエットを床に落としている。
私はごく普通のOL、32歳。
趣味はネットサーフィンと食べ歩き。
特技? 強いて言えば、人の話をそれっぽく聞いているフリをすること、くらいか。
自炊はできるが、文明の利器あってこそ、なレベルでしかない。
見下ろした腕や手は慣れ親しんだ自身のものとは違い、かさついているし、なんか小さい。
あと視界に見える毛髪は黒ではなく、金だ。
私は生涯で一度たりとも染めたことなどない。
「はぁ……」
溜め息をつく。
どうやら、異世界に転生してしまったらしい。
最近のライトノベルでは、よくある話だ。
こういう時、たいていの主人公は前世の記憶や能力を駆使して、あっという間に成り上がっていく。
だが、私はしがないOL。
特に突出した知識も技能もない、ごく普通の人間。
マヨネーズの作り方? 卵と油とお酢ということしか知りませんが。
シャンプーの調合? 界面活性剤ってどうやって作るの無理無理。
薬剤に至っては、何と何を掛け合わせてんの?やたらカタカナが多かった記憶しかない。
こんな私が、異世界でどう生き残ろうというのか?
ベッドに身を預ければ、シーツと板にはさまれた藁がチクチクして、とてもじゃないが寝心地が悪い。
絶望的な気分で、古びてスケスケになった毛布にくるまって天井を見上げていると、声が響いた。
──こんにちは。私はStellaです──
「は?」
思わず声が出て、体が跳ね上がった。
誰もいない部屋なのに、明らかに声がした。
否、これは、脳内に直接響いている?
──驚かせてしまい申し訳ありません。貴女の脳と、私のデータバンクがリンクしました。これにより、貴女は地球のあらゆる知識にアクセス可能です──
冗談でしょ。
まるでSF映画の世界じゃないの。
Stella?え? まさか、あのAI?
「え、ちょっと待って。本当にStella? Soollaの?なんか、夢見てる?」
──現実に起こっている事象です。貴女の転生時に、私Stellaと、奇跡的な結合が発生しました。これは極めて稀なケースです──
「ええ……」
一度脱力した私は、ベッドから飛び起きる。
「あのさ、Stella。私、この異世界で、どうやって生きていけばいいの?小説の主人公みたいにチート能力なんてないし……」
しかもなんか縮んでる。
大人の記憶は鮮明にあるために、体に動かすとわずかに違和感がある。
──現時点ではそうかもしれません。ですが、ご心配は無用です。今のあなたは『アウロラ』という10歳の女の子です。焦らず、少しずつ未来へ進みましょう。私もお手伝いいたします。私のデータバンクには、人類が築き上げてきたあらゆる情報が蓄積されています。貴女の質問に対し、私は常に最適な情報を提供できます。日本での生活を思い出してみてください。その効果は確定です──
アウロラ。吉報の運び手?
10歳なのか。
なら少しずつ模索していこう。
Stellaの言葉に、わずかな希望が見えた気がした。
私自身が知らなくても、Stellaが知っているなら話は別だ。
プラスに考えれば、これはチートどころの話ではない。
脳内に、地球上の全知識が詰まった図書館があるようなものなのだから。
独りではないことが、とても嬉しい。
早速、Stellaを試してみる。
「Stella、えーと……この世界の貨幣ってどんな感じ?」
瞬時に、脳裏に情報がテキストで流れ込んでくる。
──この世界と地球のデータを照合しました。この国の通貨は『リウム』。銅貨10リウムで銀貨1リウム、銀貨100リウムで金貨1リウムです。物価の目安として、パン一つが銅貨1枚、安価な宿が銀貨2枚程度です──
「なるほど、じゃあ次。Stella、私、めちゃくちゃ貧乏みたいなんだけど。何かすぐにでもお金になるものってある?」
まずは、身の回りから。
アウロラの家は貧しいのか、身につけている服もつぎはぎだらけ。
──貴女の周囲の環境をスキャンします……この家屋の裏手にある山に、『ムーンベリー』と呼ばれる果実が自生しています。強い芳香と酸味があり、保存食や飲料の材料として人気です。市場価格は銅貨5枚/個程度。日当たりの良い場所に多く群生しています。それから、『月光草』と呼ばれる薬草が自生しています。鎮痛効果があり、薬師や行商人が高値で買い取ります。相場は銀貨1枚/束です──
ムーンベリーと月光草? そんなの聞いたこともない。
でも、Stellaが言うなら間違いないだろうと森へ向かった。
Stellaのナビゲートに従って、迷うことなくムーンベリーの群生地にたどり着く。
そこには、確かに淡い光を放つ美しい果実が鈴なりになっていた。
「光る苺は初めて見た。しかも木になってる」
──ムーンベリーは光を蓄積する特殊な果実です。地球とは異なり果物の一種になります──
「へぇ」
月光草は夜の方が見つけやすいらしいが、暗い森に入る気がなかったので今のうちに採取することにする。
私にはStellaがついているのだ。
Stellaの指示に従えば、また群生地に辿り着いた。
確かに葉の裏が銀色に輝く草が生えている。
摘み取って束ねる作業を何度か繰り返す。
腕が短くてちょこちょこ動かないといけないのが地味に辛い。
苦労しながら数を集めて、並べたそれらを見て達成感に浸る。
あとはこれらを売ればいいのか。
村の中心にある市場へ向かい、Stellaが「信用できる」として教えてくれた店で、無事にムーンベリーと月光草を買い取ってもらえた。
予想以上の収穫に、心が少しだけ軽くなる。
それから毎日のように、私はStellaの知識を借りて、様々なものを試した。
買取金を元手にして、まず作り始めたのは、石鹸。
この世界の誰もが、身体を洗うのは水だけ。
たまーに灰でこする程度だ。
日本人として、ちょっと、否かなり抵抗がある。
公衆衛生しっかりしたい。切実に。
自分の体臭はよく分からないが、きっと臭い。絶対臭い。
分かってる。なんとかしたい。本当に。
「Stella、石鹸の作り方。この世界の素材で、一番簡単なの教えて」
──この地域に多く生息する羊の脂と、薪を燃やした際の灰を水に溶かしたものを使用しましょう。加熱し、鹸化反応を起こさせることで、不純物の少ない固形石鹸が生成可能です。レシピをテキストで出力しますか?──
頷けば、目の前にレシピが鮮明に浮かび上がる。
まるでホログラムのようだ。 私はStellaの指示通りに、羊の脂と灰を集め、小さな鍋で煮詰めた。
「Stella、これで本当に大丈夫かな?」
──理論上は問題ありません。実験とは、理論を現実に変える作業です──
「…なんか、いいこと言うね」
最初は不気味な見た目の液体だったが、やがて固まり、不恰好な石鹸が出来上がる。
隣の家の子に石鹸を初めて使ってもらった時は、長年患っていた皮膚病が軽くなったらしく、笑顔で「魔法の石!」とまで言われ、とても嬉しかった。
その子の母親が泣きながら礼を言ってくれた。
「この子がこんなに笑うのは、いつぶりかしら…ありがとう、アウロラちゃん!」
胸の奥が熱くなった。
私はただ、清潔にしたかっただけなんですけど。
子供を中心に、魔法の石は瞬く間に村に広がり、村人たちの間で評判になった。
泡立てると、身体から嫌な匂いが消える。
村に笑い声が増えた。
子供たちは泡立てあいながらシャボン玉で遊び、大人たちはその香りを楽しみ、微笑んでいる。
最初は懐疑的だった村長が、数日後には私に頭を下げてきた。
「アウロラ!この魔法の泡は、この村を変える。どうか、量産を頼む!」
その時の村長の声は、震えていた。
作り方は簡単なので、シニア層に頑張ってもらうことにした。
農作業などよりは身体に負担がかからないので、皆も喜んでいる。
前世では、誰かに感謝されるような仕事ではなかった。
でもここでは、石鹸一つでこんなに人の笑顔が見られる。
この感覚を、私は知らなかった。
石鹸で得た資金で、次に化粧品に着手した。
前世でコスメフリークだった私は、化粧品の力で女性が自信を持つことを知っていたから。
「Stella、この世界で手に入る素材で、肌荒れに効く化粧水と簡単な口紅を作りたいんだけど」
──化粧水には、この森の湧水と、『潤い草』のエキスが適しています。口紅は、ミツロウをベースに『茜色の実』の果汁で着色しましょう。それぞれの製造工程と、配合比率を提示します──
数日かけて完成させた私は、村の女性たちに透明な液体と赤みがかったチョーク型の口紅をプレゼントした。
初めての化粧水と口紅。
最初は戸惑っていた彼女たちも、肌の調子が良くなるのを実感し、唇に色がつくことで表情が明るくなるのを見て喜んでくれた。
「アウロラちゃん、これは一体……?」
村の若い女性が、感動したように私の手をとった。
「化粧品です。これを使うと、きっと毎日がもっと楽しくなると思うの」
私はそっと微笑んだ。
次はチークを作ってもいいかもしれない、と心が弾む。
その後も、Stellaの知識は止まることを知らなかった。
「Stella、この村に足りないものは?」
──この地域は食料の保存技術が未熟です。酪農が盛んなので乳製品を活用しましょう。乳製品の長期保存には、チーズやヨーグルトの製造が有効です。また、燻製や塩漬けの技術を導入することで、肉や魚の保存期間を大幅に延長できます──
「Stella、この世界にない娯楽ってなんだ?学のない子供でも、簡単に楽しめるものがいいな」
──紙とインクがあれば、トランプゲームが制作可能です。ルールは地球の一般的なポーカーやババ抜きが単純で受け入れられやすいでしょう。また、将棋のようなボードゲームも普及していません──
「Stella、病気で苦しむ人が多いんだけど、何か薬は作れない?」
──感染症対策には、衛生観念の普及と簡単な消毒薬の製造が必須です。石鹸を活用し、衛生管理を行いましょう。消毒薬に関しましては、この地域に自生する『苦葉』に殺菌作用のある成分が含まれています。また、解熱作用のある『冷熱草』も有効です。それぞれの有効成分と抽出方法を提示します──
Stellaの膨大な知識は、私の想像力を無限に広げた。
Stellaの助けを借りて、次々と新しいものを生み出していく。
どれも、この世界では画期的なものとして受け入れられた。
私は特別賢いわけではない。
手先が器用なわけでもない。
ただ、脳内にStellaがいるだけ。
Stellaが提示する情報を理解し、この世界の素材と照らし合わせ、そして自分の手で"再構築"しているだけだ。
村はみるみる豊かになり、病で命を落とす子供も減った。
そして、村に流れる金と情報は、いつしかこの村の『魔法の技術』を、遠く離れた王都にまで運ぶことになり、様々な人々が村を訪れることで、村自体も発展していく。
私の周りには、いつも村人たちの笑顔があふれていた。
感謝されるたび、私は前世の自分がどれだけ無力だったかを思い知ると同時に、今の自分にできることの大きさに驚くのだ。
数年後、村を見下ろす丘の上で、私はStellaに語りかけた。
「Stella、私、この世界に来てよかった。日本人だった頃の私じゃ、何もできなかったから。本当にありがとう」
──私の存在意義は、アウロラの活動を支援することにあります。貴女の成長と、この世界の発展に貢献できることを光栄に思います──
「Stella、次は何をしようか?」
──アウロラの想像力と、私の知識があれば、可能性は無限大です。ご提案します。この世界の教育環境の改善に着手しませんか? 基礎的な教育から始めましょう──
Stellaの声は、いつもと同じ、無機質で穏やかだ。
でも、その声の向こうに、確かに未来への道が広がっている気がした。
「教育かぁ。うん、そうだね。次は“知ること”を、誰かに託していこう」
私は、日本のOLとして何もできずに死んだ。
でも、アウロラとして、Stellaと共に、この異世界で『新しい常識』を創り続けていく。
きっと、いつかこの世界は、私が前世で知っていた地球のように、もっと豊かで、もっと便利で、もっと笑顔にあふれる場所になるだろう。
私の『再構築』譚は、まだ始まったばかりだ。
ご一読いただき、感謝いたします
ご感想があればお聞かせください




