拝啓、母上様(その他・1527文字)
男は遠く離れた母へ手紙を送った
拝啓、母上様
私からの突然の手紙に大変、驚かれていることと思います。
まずはこの様なかたちで連絡をとる事になった愚息をお許しください。
私があなたの元を離れ、もう四回目の冬が訪れました。
こちらはあまり寒さを感じないせいか、幼い頃に凍てつくような空の下で体を震わせていた日々を、昨日の事の様に思い返しております。
母上様、お体のほうは、お変わりありませんか?
寒々しい土地にあなたを一人残してしまい、体調を崩されていないかとても気になっております。
私はと言いますと、最初はこちらの生活に戸惑いましたが、今はそちらに居た時よりも充実した毎日を送っております。
いきなりで不躾ですが、この様に筆を走らせたのは、母上様にどうしてもお伝えしたい事柄が二つほどあったからです。
以前、母上様が別れの際に言われた、私は父の連れ子で母上様は育ての親だという話を覚えていらっしゃいますでしょうか?
あなたの突然の告白に私は驚きました、しかしそれと同時に「やはり、そうだったのか」という思いがあり、体の力が一気に抜けていったものです。
物心付いた頃から一緒にいたので、私は母というものをあなたしか知りませんでしたが、何と申しましょうか、子供心ながら違和感はあったのです。
まあ、その話は今触れるべき事ではないので、多くは語らないでおきます。
母上様にお伝えしたかった事ですが、私がこちらに来てから実の母を見つける事が出来たという事です。
こちらでの仕事の関係で本当に偶然ですが、産みの母の所在が分かったのです。その時、私は運命というものを初めて感じました。
その母についてですが、私は仕事の関係上、彼女の過去を洗いざらい知る事になったのです。
もしかしたら私の事を覚えていて、捨てた事を悔いているかもしれない……。
そんな淡い思いを抱きながら彼女の身の上を調べていきました。
しかし調べれば調べるほど、私の幻想は打ち砕かれていったのです。
あれは本当に酷い女でした。
昼間から酒を飲み、行きずりの男と体を重ねる日々。
そして私の事を忘れているものなら、まだ良かった。
あいつは私の事を覚えいました。そして、こう口にしたのです「ああ、子供ね。昔産んだよ。いらなかったけど」と。
その言葉を聞いた時、私の脳裏には『復讐』という言葉が過ぎりました。
本来、仕事で得た情報を個人的な理由で使用する事は、堅く禁じられていますが、私は規則を破ったのです。
私はあの女へ一通の手紙を送りました。
内容をここには書きませんが、私の幼き日々の事、あの女への想い、今の仕事の事。色々と書き記しました。
そして最後に『あなたをお迎えにあがります』と一言添えて。
その手紙を目にした女の表情といったら、今思い返しても可笑しくてしかたありません。
そして私はあの女に復讐を遂げることができたのです。
そうそう、興奮のあまり母上様へお伝えするのが遅くなりましたが、こちらへ来て私は仕事を得る事が出来ました。
そちらに居た時は家に引き籠もり、大変ご迷惑をお掛けしましたが、やっと一人前になれた気分です。
仕事は人様に誇れる内容ではないので、はっきりとは申せませんが、母上様に教えていただいた、食の大切さ、生きていく為の辛さに比べれば楽なものだと思っております。
最初は中々うまく仕事をこなせませんでしたが、先輩から「稲を刈るようなものだと思え」という励ましの一言を頂けるなど周りの仲間にも恵まれ、充実した毎日を過ごしておりますので私の事はご安心下さい。
最後になりますが、母上様にお伝えしかった、もう一つの件です。
アザミの花が咲く頃になりますが、母上様をお迎えに上がる事ができそうです。
敬具
追伸
私は最後に感じた母上様の手の温もりを、一度たりとも忘れた事はございません。