未来のために(SF・2463文字)
突然やってきた宇宙人が地球を管理する事を宣言してきた、その目的とは?
「俺は絶対に生き残ってやる、おまえ等なんかに負けねえからな!」
男は天を仰ぎ慟哭する。夕日に照らされた男の体は朱色に染まっていた、ただ日が沈んでも男を染め上げた赤が消える事はなかった。
男の体を真っ赤に染めるもの、それは血だった。男は生き残る為に昨日まで親友と呼んでいた者や家族すら犠牲にしてきたのだ。
男にはその赤が今まで殺してきた相手の返り血なのか自分のものなのか、もう分からなくなっていた。
20XX年、それは突然やって来た。
人類は繁栄を極め、その日常が永遠に続くと信じてやまなかった頃、空から円盤型飛行船が舞い降りてきたのである。彼らは人類に対して「我々がこの地球を管理する」事を宣言してきた。
突然の来訪者に人類は困惑した、人々はその来訪者を宇宙人と呼び、彼等の一方的な声明を歓迎するはずもなく反発したのだった。
だが圧倒的な科学力の差に人類の抵抗はまるで意味を持たなかった。特に宇宙人達の時空を操るという技術に対抗する術を人類はもっていなかった為、瞬く間に地球は宇宙人の支配下へと置かれていったのである。
それから数年、人々は宇宙人の支配による影響を恐れながら毎日を過ごしていた、しかし宇宙人の言う「管理」は人類が想像していたものとは少し違うようで、抵抗さえしなければ今までと変わらない平穏な日々を過ごせていた。
そして人々が、そんな日々に慣れはじめていたある日の事、宇宙人がある声明を発表したのだった。
声明は脳へ直接響く不思議な声として全人類へと届けられた。
「地球の皆さん如何お過ごしでしょうか? ここ数年我々の管理のもと平和な日々を過ごして頂けてる事と思います。突然ですが今日お伝えする事はとても重要な事です」
「今から我々の思想に基づく優生人類の選別を行う事を此処にお知らせします。選別にあたり、我々のルールでいくつかのゲームを執り行ってもらいます」
「ゲームへの参加条件に特別なものはありません。老若男女、身分も問いません。もちろんゲームへの参加は個人の自由です」
「最後に人類の皆さん、これは我々と皆さんが共存していく為に絶対に必要なものです、ご協力をお願いします」
人々は宇宙人の声明に戸惑いを隠せなかった。ゲームとは何なんだ? 優生人類の選別? 宇宙人との共存? これらの言葉の真意が理解できず、様々な噂が世界中を飛びかったのだった。
そんな中ゲームは始まった。しかし蓋を開けてみれば、それは人間が人間を狩るゲーム、ようは殺し合いであった。
ある者は金と権力を駆使し、ある者は謀略の限りをつくし、腕に自信のある者は力で相手をねじ伏せるゲーム。
最初は人殺しなど出来ないと言っていた人々も「このゲームに勝ち残れば宇宙人と同等の扱いを受けれる」という噂や、身近な人間に殺されるかもしれない恐怖や疑心によって次々とゲームに参加していった。
そして一年も経たずに地球の人口の九割以上がゲームの参加者になっていたのである。
――朱色に染まった男が空をぼんやりと見上げていると、宇宙人の声が頭の中へ響いてきた。
「ここまでのゲーム、大変お疲れ様でした。次のステージがあなたの最後のゲームになります」
男に緊張が走る。
これでやっと殺し合いから解放されるという安堵感もあったが、それ以上に今までの過酷な内容から、最後のゲームがいったいどんなものなのか、という不安の方が大きかったのだ。
そんな男の目の前に突然一つのスイッチが現れた。そして宇宙人がまた語りかけてくる。
「さあ、そのスイッチを押して下さい。そうすれば最終ステージは終了となります」
男は拍子抜けしてしまい呆然とした。一瞬これは罠ではないかと疑ったが、男は今まで宇宙人達が嘘を付いた事がなかったのを思い返した。
そして楽に済むなら悪い事ではないと思い直しスイッチを押そうとする、すると予期せぬ一言が宇宙人から語られた。
「ただし、そのスイッチを押せば今回のゲームに参加しなかった人間が百人ほど地上から消滅します」
宇宙人の説明に男は思わず動きを止める。
男は考えてしまったのだった、今まで殺してきた人間は百ではきかないだろう、その中には親しい人間もいた。しかし、その相手は全てゲームの参加者だったのだと。
男が殺さなければ、逆に殺されていた。それだけが正気を保つ事が出来た唯一の支えであり、男の正義だったのだ。
しかし、男は「俺は人殺しだ、もう後戻りは出来ない」と自分へ言い聞かせた。そして宇宙人への復讐を内に秘め、生き残る道を選択しスイッチを押す事にしたのだった。
男は「未来のために」と小さく呟きスイッチを押した、すると辺りは激しい閃光に包まれ……。
口髭をはやした初老の男が壇上で熱く語る。
「お集まり頂いた宇宙連邦議会の皆さん、今回の作戦は大成功を収めました」
会議場に集まった議員達は、熱く語る議長へ一斉に拍手を送った。
「地球上の優生人類の選別は、ほぼ完了しました。これも偏に議員の皆さんの協力の賜物です」
議長は口髭を整えながら続けた。
「これでゲームに参加した野蛮な猿は滅亡し、争い事を嫌った人類だけが生き残った。我々の未来は拓かれたのです!」
議長の熱弁に議会が歓声をあげている中、ある星の代表が隣に座っていた議員へ話し掛けた。
「いくら我々の未来の為とはいえ、人類に殺し合いをさせるのは気が重かったですね」
すると隣に座っていた議員は笑いながら答えた。
「あんな自己中心的なケダモノは人類ではないですよ、ゲームに参加しなかった人々が真の人類であり我々の祖先でしょ」
「それはそうですが、やはり……」
ある星の議員の話を遮り隣の議員は言った。
「なぜ後悔などしてるのですか? あなたは何をするために何千年もの時をタイムスリップしてきたのです?」
ある星の議員は何かを言いかけたが議長の視線を感じ話をやめた。すると隣に座っていた議員は小さく呟いた。
「さあ、そろそろ議長お得意のシュプレヒコールが始まりますよ」
コホン、と咳払いをして議長は叫ぶ。
「我らが未来のために!」
議員達は一斉に拳を突き上げ議長に続いた。
「未来のために!」