名探偵の誤算(ファンタジー・2841文字)
犯人の罠に掛かった名探偵。そんな男が熱(苦し)く語る!(予定)
ブレーキが利かない、気付いた時にはもう後の祭りだった。
私はまんまと犯人の罠にはめられてしまったのだ。崖からゴミの様に転落していく車の中で私は呟いた。
「このまま落下したら致命傷……。いや即死だな」
名探偵の私が言うのだから間違いない。
崖を転落していた私の脳裏には栄光の日々が過ぎ去っていった。人間、死の瞬間は走馬灯のように昔の事を思い出すと言うが、あれは本当だったようだ。
雪山の山荘での事件、からくり館での殺人鬼との対決、連続密室殺人事件、三丁目のミケ探し……おっと、記憶を遡り過ぎて要らぬ過去まで掘り起こしてしまった。
しかし、どの事件も名探偵の私に相応しい難事件であった。ただ一つだけ心残りがあるとすれば、どの事件も真犯人が捕まる事がなかった事だろう。
捕まってないと聞いて、名探偵じゃなくて、迷探偵じゃね? とか思った奴、後で個人的に話し合おうな。
それでだ、犯人を捕らえる事が出来なかったのには理由がある。先程あげた難事件の犯人達は皆、自殺をしてしまったという悲しい理由が。
私が追い詰め過ぎてしまったのが悪かったのか、悪事を働いた者には天罰が下るのが世の常なのかは分からない、ただ犯人達はみな自ら命を絶った、私はそれだけが心残りだ。
連続密室殺人事件の時など、私と助手の和戸君以外の関係者が全員亡くなってしまったという悲惨な事もあった、あのうら若き令嬢など実に勿体無い事を……。
いや、実に悲しい事件だった。
そうそう、助手の和戸君で思い出したが、あれは若いのに中々の切れ者で、何度となく真犯人の特定に助け舟を出してくれたものだ。出会いは三丁目のミケを探していた時に――。
「オジサン、走馬灯の癖にモノローグが長すぎです」
突然の呼び掛けに驚いた私が振り向くと、そこにはガキが突っ立っていた。
「ガキって私の事ですか? ていうか、突っ立っていたって、もうちょっとまともな表現してくれません?」
ガキは顔を真っ赤にしながら私に抗議していた。そんな事より気になる事が一つある、こいつ私の独白にツッコミを入れてるよな?
「そりゃ私が天使だから心の中が読めるんです」
「天使だと?」
自称天使は万弁の笑みで答えた。
「はい、自称は余計ですけどね」
「天使など名探偵の私が信じる訳が無いだろう、そもそも私は……」
「死んじゃったんでしょ?」
――私に最後まで語らせろ。それにこいつの、してやったりみたいな顔も腹立たしい。
「でも、死んだのに話してるし不思議だと思いませんか?」
「確かにそれはそうだが」
「ここは死後の世界、あなたの最後の望みを叶える、ラストチャーンス!」
こいつは阿呆に違いない、最後のラストチャーンスって。あっ、天使のやつ思考を読みやがったな、物凄く怒った顔をしてやがる。
天使は暫くの間、黙り込んでいたが「仕事だから、仕事だから」などと、気持ち悪い独り言を呟きながら私に近寄って来て話しかけてきた。
「オジサン、心残りあるでしょ。ほら、さっきの気持ち悪い独り言で語ってたやつとか」
聞き覚えのある台詞に少々ドキッとしたが、天使はそんな私を無視して話を続けた。
「神様がね、オジサンの願いを一つだけ叶えてくれるって、何にします?」
突然、あなたは死にました、さあ願い事は? などと言われて即答できる奴などいないぞ天使。もう少し順序立てて説明しような。
だが私は名探偵なのだ、「願い事を一つだけ」このフレーズで私の灰色の脳細胞は閃いた、そして一言。
「私を生き返らせろ」
どうだ天使、これぞベストアンサーだろ。
「おい、ジジイ。私の前振りはシカトか? さっき長々と走馬灯がどうこう言いながら語ってた時の、犯人が自殺したのが心残りってやつは何処へいった?」
あれ? 駄目なの? 天使の迫力に私は多少怯んだが、何よりショックだったのはジジイの一言だった。言い過ぎだ、天使。
「あっ、少し興奮しちゃったゴメンね、オジサン」
天使にもキレた事への多少の罪悪感があったのだろう。その後、我々は今までの事はすべて水に流し、私の願いを何にするか打ち合わせをした。
「よし、天使それでは良いな」
「アイアイサー!」
どうも、こいつの軽いノリには不安を覚えるが、あれだけ丁寧に打ち合わせをしたんだ、流石に大丈夫だろう。
どうやら天使の奴が言うには、この願い事を使って人の生死に干渉する事は出来ないらしい、そこで名探偵である私の考えた願い事はこうだ。
「助手の和戸さんに、オジサンを殺した真犯人が誰かを言わせればいいんでしょ?」
天使の奴、また邪魔しやがった、私に語らせろ。
「だってオジサンの話って長いんだもん」
まあ良い、こんな事は大事の前の小事だ。
「じゃあ、願い事を叶えるね」
……
…………
………………
「なあ、天使。願い事は何時、叶うんだ?」
「もう叶ってますよ」
「いや、何かこう、ドーンとかバーンとかないのか?」
「オジサン、漫画の読み過ぎじゃない?」
この時、あいつは私の思考を読みとらなかったようだ。
天使の微笑みに殺意を覚えた事は私だけの秘密にしておこう。
「じゃあ下界を見てみましょうか?」
天使は願い事を叶えたのが相当、嬉しかったらしく、それは軽やかなステップで別室へと消えて行った。
私が天使の跡を付いて行くと、そこには百インチはあるであろうモニターが設置されていた。
「どう、凄いでしょ。この大きなモニターで下界が見えるんです」
大きさが凄いのか、モニターで下界が見えるのが凄いのか、どちらを自慢したいのか分からなかったが、まあそんな事はどうでもいい。
「大きさ……」
「ああ、そっちか……」
天使の呟きを軽く流した私がモニターを見つめるとそこには名探偵の助手である和戸君が映し出されていた。
「警部、こんな夜分に呼び出してしまい恐縮です」
和戸君の語りに懇意にしていた警部が興奮気味に応えた。
「和戸君、あの人を殺害した犯人が分かったって本当か?」
「ええ、まあ……」
「で、それは誰なんだ。すぐに捕まえてやる!」
犯人が分かったら、今すぐ飛びかかりそうな勢いで警部は和戸君に詰め寄った。
「大丈夫ですよ、犯人は逃げやしませんから」
和戸君の落ち着きを見て、流石は名探偵の後継者だと私は大きく頷く。
「さあ、誰なんだ」
モニターを食い入るように見つめる私と天使にも緊張が走る……。
「私です」
和戸君の一言に私と天使は、思わず耳を疑った。
「だって、あいつ私の大事なミケを殺しやがったんですよ」
開いた口が塞がらない、確かにミケは私の不注意で残念な事になってしまったが……。私が見ている事など知らない和戸は自慢気に続けた。
「だから復讐してやったんです。私が殺人を犯して、真犯人が私だとも知らず、あいつは名探偵気取り。そして最後は勘違いしたまま殺される。あいつ最高のピエロですよねー」
――大きく肩を落とし、うなだれている私の肩を天使はポンポンと叩き、励ましの言葉を投げかけてきた。天使を名乗るだけに少しは良いところあるじゃないか。でもな天使……。
「オジサン、生きてりゃ良い事もありますよ」
って、お前、本当は悪魔だろ。