ユキふたたび(ホラー・1666文字)
ユキから連絡がきた? そんな事は絶対にありえない……。
その夜、俺は小さなユキの体を抱え上げ、深い闇に包まれた庭に立っていた。
――すべての事を成し遂げた俺が部屋へ戻ろうとすると『ニャー』と猫の鳴き声が聞こえてきた、辺りを見渡したが猫の姿はない。
その時の俺は、猫が『お前のやった事は全部見たぞ』と俺に語りかけてきたのではないかと感じた。
俺の本能がそこに居てはいけないと告げる、俺は足早に部屋へと戻った。
部屋に戻った俺の体は鉛のように重く、動く事が出来なかった。後悔と絶望の感情が入り混じる。何故こんな事になってしまったのだろう。ユキ、すまなかった。
後悔と絶望の中、俺は暗闇に引き込まれ深い眠りについた……。
朝っぱらから携帯電話の着信音が鳴り響く。ハードコアのやかましいノイズ、我ながら自分のセンスを少し後悔しながら俺は携帯を見つめた。
「おはよ、起きてる?」
突然の何の変哲も無い挨拶に、俺は答えと疑問を投げかける。
「今起きたところです、あなたは誰ですか?」
「さぁ、私は誰でしょう?」
なんだ、こいつは? 俺は携帯を凝視した、やはり身に覚えはない。
「すいません、本当に分かりません」
「じゃあ誰か教えてあげる。ユキだけど元気? これで分かったでしょ」
「ちょっと待て、何だって?」
「ユキよ。まだ寝ぼけてるの?」
ユキから連絡がきた? この相手が本当にユキだったらB級ホラー映画だが、そんな事は絶対に有り得ない。
「お前ふざけてるのか? ユキな訳ないだろ」
「あんた何言ってるの? そりゃそうよね、ユキが連絡出来る訳ないわよね」
こいつ、昨日の晩の出来事を知ってるのか? そんな事が脳裏を過ぎった。
「もういい、とにかくこんな馬鹿げたイタズラはヤメロ!」
「ちょっと待ちなさいよ、忘れたとは言わせないわよ」
忘れる事など出来る訳ない、やっぱりこいつ……。
「見たのか、脅迫か?」
「脅迫? 何言ってるの?」
こいつは目撃者なのか、それともユキ……。いや、そんなはずない。
俺は頭がおかしくなったのか、少なくとも混乱はしている、まだ夢の中なんだろうか?
ユキはもう居ない、いや正確に言えば俺が殺してしまった。
昨日の夜中の事だ、あまりにユキのやつが五月蝿くて、ちょっと注意するつもりで殴ったのが間違いだった。殴られたユキはぐったりとして息をしなくなった。あいつは今、家の庭の冷たい土の中で眠っている。
昨日の事を知っている奴なんている訳ない、もし見ていたとしたら庭で鳴き声だけ聞こえた猫……。俺はそんな下らない考えを吹き飛ばそうと頭を大きく振る。
そんな俺の思考を遮るように相手から横槍が入った。
「脅迫って、私のユキに何したのよ?」
「私のユキ」この一文を目にして、俺のメールを打つ指は止まった。
俺は罪の意識からなのか、それとも昨日の夜、庭で聞いた猫の鳴き声のせいか、大きな過ちを犯してしまったようだ。
俺は深呼吸をして、震える指を無理やり動かしながらメールを打った。
「幸子さんですか?」
「そうよ! あんたを信用してユキを預けたのに何をしたのよ!」
その後、俺は自分が殴った事は言い出せず、ユキが不慮の事故で亡くなってしまったとだけ幸子さんへ伝えた。
幸子さんからの返事は「今からそっちへ向かう」という非常に素っ気ないものだったが、感情がこもっていない分、俺は恐怖を感じた。
あと一つだけ分かった事は旅先で幸子さんの携帯が壊れ、俺の単純なアドレスだけを覚えていた幸子さんは友人の携帯からメールをしていたという事だった。
どれくらい時間が経ったんだろう、外はもう暗い。ふと携帯に目をやるとハードコアの着信音が鳴っていた、俺は幸子さんの怒った表情を思い浮かべながらメールを開く。
「なんで可愛い子猫のユキを殴ったりしたの? お前も殺してやる!」
メールを見た俺は背筋に寒気が走るのが分かった。本気で殺すつもりはないだろうが、それぐらい怒っているのだろう。
そろそろ怒り狂った幸子さんが怒鳴り込んでくると思うと気が重い。
――まてよ、俺がいつ幸子さんにユキを殴った話をした?
庭から「ニャー」と可愛い子猫の鳴き声が聞こえる。
俺の体は鉛のように重く、動く事が出来なかった。