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第8話『陽射しが遠く、闇が深く』

 ───大樹の洞(レーラズ)


 神話の森の外れに潜むその神殿は、文字通り、大樹の洞にあった。

 一見立派に(そび)えるだけの大木の幹に、真っ黒な空洞が不自然に口を開けていて、覗けば地下への階段が伸びている。人工物と森が混じったような、不思議な空間。


「……こりゃあ確定だな」


 到着する少し前には、アレクがぼやいていた。神殿に近づくほど色を失う木々の葉は、紅葉ではなく枯葉になっていたからだ。見れば枝先や根の部分も、どっと歳を取ったように()せている。


「おお、これが〜……」

 洞を覗いたアイーシャが瞳を輝かせるのを見て、アレクは口許を歪めた。


 少女の脚が惹かれるように踏み出される。小さな踵が影に沈む寸前に、その肩にぽんとラヴィが触れた。

 白髪の彼は少年へと視線を投げる。ミカは予期していたのか、頷きもせず階段を降りていった。

「一応ね」ラヴィが囁く。

 それを背に聴きながらミカは呆れた。用心する振りをして、相棒を一番槍にすることには抵抗がないらしい。


 後にラヴィ、アイーシャが続いて、アレクが殿を務めた。階段を(くだ)るほど陽射しが遠く、闇が深くなっていく。

 コツコツとまばらに響く足音に、しかしアイーシャは胸を高鳴らせていた。


「ミカさんは、学生さんなんですかっ?」

 悟られたらアレクに咎められそうだと、アイーシャは今関係の無い話題を出した。ミカが暗いブロンドを揺らして、そっと振り返る。

「前は」

「前?」

「退学した。俺には合わなかった」

 それに、とミカは付け加える。「旅をする方が、得られるものが多かった。少なくとも、俺にとっては」

「へえ〜…!」

 アイーシャがますます声色を弾ませる。アレクの顔がますます歪む気配にラヴィが小さく笑う。

「旅、ですかあ……旅……」

「アイーシャ」

「もうっ!まだ何も言ってないですよ!」

「っはは、これは良い弟子を持ったね!」

 背後のやり取りに、彼は今度は声をあげて笑った。


「……そういや、お前は?」

「へっ?」


 素っ頓狂な疑問符を浮かべたアイーシャに、ミカは目を伏せながら続ける。


「学校。行ってないんだろ」

「……、……がっこう…………」

「なんだその反応…」


 思わず瞼を上げた少年の黒い瞳が、琥珀色の目とかち合った。月のない夜の空みたいだと思いながら、アイーシャは耳許を触る。

「その……私の行ってるイメージがつかなくて」


 小声で視線を逸らしたアイーシャに、そうか、とだけ落としてミカは前を向いた。


「まあ、色々ある。俺みたいなのが適当に行くとことか、金持ちの行くとことか。多分、やりたいことでも変わる」

「この近くだと『マジックシュエット』が一番有名かな」

 ラヴィが言葉を繋げた。もうすっかり暗くなった地下空間に、彼の声が染みる。

「まじっく……」

「魔法学園のすげえとこらしい」ミカが僅かに瞳を据える。遠くに階段の終わりが見えていた。


「へええ〜……魔法学園……」

「アイーシャ」

「そっちもダメなんですか!?」


 少女が亜麻色になった長髪を揺らした。


「そもそも入れねえだろ、金ねえんだから」

 相変わらずの師に、アイーシャはむうと頬を膨らます。「じゃあ、私が街で稼いできますっ」

「あーあ、こんなに可愛い弟子を出稼ぎに出すなんて。アレクはとんだ人でなしだねえ」

「おーお、どうせ俺は人じゃねえですよ」


 つーかお前なあ、と文句を増やそうとしたアレクを、白髪の少年は目で制した。彼らの距離感に気がつきながら、気づかないようにしてアイーシャが話題を変える。


「じゃあじゃあっ、お二人はどうやって知り合ったんですか?旅の途中とか?」

「……それは」



 ミカが言いかけて、ハッと口を閉ざした。同時に彼の身体に、一瞬で魔力が巡る。


 ()()を察知したのは少年だけではなく、少女と神様が合わせて身構えた。

 ラヴィだけが脱力したまま、おや、と暗い瞳をゆっくりと細めた。


「来たみたいだね」


 階段の途切れる暗闇に、魔獣の唸り声が聞こえ始めていた。

 ───いきなり本命だ。少しずつ迫る強力な気配に、ミカが拳を握った。

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