第7話『神殿』
「おいしーの作ってね」
「お前も手伝えよ」
ニコニコと肘をつくラヴィに、アレクは手元のフォークを動かしながら息を吐く。
料理は自慢できるほど上手くはない。魔獣の肉をフライパンの上で適当に転がして、そこへ適当に水を注いだ。
「にしても、君が弟子をとるとはねぇ」
「とったっつーか、入られたっつーか……」
話題の弟子はテーブルにつきながら体を揺らしている。向かいで妙にもじもじとしたミカを、きらきらの瞳に映しながら話した。
「お二人はどうしてこの森に?」
「…俺たちも、魔獣を追ってる。『花食い』って魔獣だ」
ミカの背後で水の茹で上がる音がした。銀髪の神様がそこにパスタをばら撒いてかき混ぜる。
「『花食い』……」
「花を食う魔獣だ。茨塗れのやつ」
「正確には、草花の栄養を吸い取って魔力に変える獣のことさ」見かねたラヴィが笑みを忍ばせながら補った。
「それは……」
アイーシャは言葉にしてから、続きを口の中に閉じ込めた。貪られる草花に可哀想だと思っても、その魔獣がそうせねば生きられないのなら、糾弾するのも違うような気がした。
「ぁ……でも、追ってるってことは、倒しちゃうんですか?」
「被害がでかい。後は鍛錬になる。後はメシ」
「あ、食べるんですね……」
同情したらキリがなくなる、と少女は割り切ることにした。
「それで、そいつがどの神殿に逃げたのかが分からなくて、適当に追ってたらここに着いた」
「みでぃーる?」
「?……知らねえのか」
「教えてないんだろう?」ラヴィが口を挟んだ。
言葉の宛は少女の師だ。アレクは一瞬むぐと詰まると、手を動かしたまま振り向いた。
「あんなあ、そいつの好奇心と行動力を舐めんなよ?どんな危険があろうと何処にでも突っ込んでっちまうんだから」
「神殿っていうのはね」
師匠の言い訳を他所に、ラヴィは少女に話し始めた。
「かつて天の上にあった、神々の遺跡だ。魔力の残滓を求めて魔獣が住処にしていることが多くてね。彼らの持ち込んだ宝物も見つかったりするよ。危険だから、基本は近づくべきではないけどね」
「おお……!」
「あーあー変な期待すんなってもう」
アイーシャが目を輝かせるのが見ずとも浮かぶ。食器を用意しながらアレクは溜め息を吐いた。
「宝物にロクなもんはねえし魔獣は鬱陶しいし、お前さんの思うようなワクワクの冒険〜なんか全然ねえからな、マジで」
「でも、強くなるには絶好だ」今度はミカが言った。
「ですってアレクさん!!」
「あ〜〜もう……」
天を仰いだアレクの目線が下へ戻るころ。出来上がったのは魔獣肉のスープパスタだった。
*
「ん〜〜、美味しい〜〜っ!」
「相変わらず美味そうに食ってくれるねえ」
言葉の割には呆れた声色でアレクは目を細めた。食えれば良いくらいの気持ちで作られた料理の見映えは、やはり美しくはない。スープの淡い飴色が光を揺らすのが最低限で、そこに無造作にぶち込まれたパスタと肉はシェフの性格を想像させる。
そんな料理でもアイーシャはひと口食べると顔を綻ばせて喜んだ。もぐもぐ動く頬が柔らかく見えて、本当に溶けそうだ、とミカは思った。
「食べないのかい?」
「っ!た……食べる」
ラヴィはいつも以上ににやけた表情でミカを眺めてくる。色々と見透かされている気がして落ち着かなかった。なんだか不確かになった手先で食器に触れると、ミカもパスタを口に運んでみる。
「……美味い」
味だって元々は大したことないのだろう。だが歩き疲れた腹を満たすには充分すぎて、本来以上の癒しを少年に与えた。コンソメと肉汁がスープに溶け込んで、絡まった麺が食感と一緒に旨みを連れてくる。
「うーん、美味しいねえ」
ラヴィも間延びした声で舌鼓を打つ。彼の仄暗い金色の目が見る先で、ミカはガツガツと料理をかき込んだ。
「どんだけ腹減ってたんだよ」
ちゃんと飯食わせてんのか、とアレクは続けながらパスタを咥えた。特段絶品でもない普通の味がした。
「食べさせてもらってないのは僕の方だよ」ラヴィが手をヒラヒラと振る。察したアイーシャが「どうぞ!」とテーブルナプキンを差し出した。
「で、神殿に心当たりないかい?」
「そうだな……」
顎を拭いて問うてくる青年から視線を逸らしてアレクは考えてみた。ラヴィと知り合った時から未だ、彼の顔を見て話すのが何となく苦手だ。
「ここから近えのは、『大樹の洞』になるが」
「じゃ、とりあえずそこに行ってみようか」
「はい!」元気に返事したのはアイーシャだった。
「おい、なんでお前さんが返事してんだよ」
「えっ?行かないんですか?」
首を傾げる少女の仕草は、見ていれば少年の心を奪っただろう。当のミカは食事に夢中で、話も耳に入らなかった。
「いいじゃないか、みんなで行けば。戦力は多い方がこちらとしても助かるし」
「お前一人で十分だろうがよ」
「そんなことはないさ」
「どーだか」
この二人は随分付き合いが長いらしいとアイーシャは思った。もっともアレクの溜め息がいつにも増して多かったけれど、心の距離みたいなものが近くに見えた。それは過ごした時間の長さだけじゃなくて、きっと自分の知らない思い出を共有しているからだと考えて、アイーシャはパスタを多めに巻き取って食べた。
頬をいっぱいにした弟子を見やって、アレクは話を続ける。
「とにかく、アイーシャはまだ未熟だ。あんま世間も知らねえし、好奇心抑える冷静さも、狡猾に生きる知恵もねえ。それにこないだだって怪我したばっかだ、前線に出すのはもう少し鍛えてから」
「アレク」
息を呑んで口が止まる。ラヴィが誰を呼び止めるとき、彼の声はこんなにも魔力を持って、空間を支配してしまう。
「実践は大事だよ」
言われた銀髪の神様は、音を失くして小さく口を動かした。言葉を探した唇より、何かを思い出すようなその表情に、アイーシャは惹かれた。
「それに、言うなればミカはアイーシャの先輩だ。彼から学べることも大いにあると思うよ」
自分の名前が出て、少年が顔を挙げた。あっという間にパスタを平らげた口許が幼さを残して、周りを少し汚している。
ね、ミカ、とラヴィはにっこり微笑んだ。




