第16話『風に攫われて、風を振り切って』
迷いの無い突風は、土煙ごと魔獣を穿つ。
一瞬に晴れた地下室で、ドリルのようにその身を貫くと、獣の悲鳴が部屋を劈いた。
やった、と、アイーシャは呟きを零した。
戦えたという実感が小さな身体を走り抜ける。それに身を預けそうになって、少女は己を叱咤した。……これくらい、当然にしないといけない。
それにまだ、戦いは終わっていない。
穿たれた魔獣の動向を探る。茨と花弁と赤黒い血が撒き散る裏側で、獅子は肢体をくねらせた。ずぅん、と地面を唸らして、とうとう巨体が倒れ伏す。
ならば追撃だ。少女は瞬時に判断すると、敵の一挙手一投足に注視しながら細い足を踏み出して──視界の端で、少年がよろめくのを見た。
「ミカさんっ!」
「大丈夫」少年は即答すると、傾いた片脚をぐっと踏み込んで堪える。その足許に、赤色の雫がポツポツと丸く落ちた。
つよがりだ、とアイーシャは思った。自分でなくとも、誰が見ても分かる。
学生服が所々裂けて、彼の肌が暗く覗いていた。ミカは、大きく息を荒らげる真似はしなかった。代わりに、ふっ、ふっと短く息を吐いている。
彼は弱みを見せない人だ。アイーシャは考察した。もしくは、それを暴けるのは彼の師匠だけなんだろう──。
人の機微に酷く敏感な少女は、ただひとつ、恋慕にだけは疎かった。
だって、ミカはただ、想い人の前で格好付けたいだけだったのだ。
自覚する少年が脱力した腕を無理に掲げて、剣を構え直す。その姿に、アイーシャも弓を構えた。
「ミカさん」
彼女の頬を風が撫でる。可憐な長髪が靡いて、魔力に呼応するように金色を反射する。番えた鏃は、迷いなく、ミカに向けられた。
「そのまま」
凛と発せられた鈴音。
少年は、それだけで傷の癒える思いがした。
黒い瞳をじっと据えると、ミカは微動だにせず少女を待つ。
アイーシャは一瞬だけ目を閉じる。受け取った無言の信頼を、胸に焼き付けたかった。
次に放たれた矢は、これまで彼女が放ったどれよりも優しく、魔力に満ち溢れて走る。
「──"パルフェ"っ!!」
少年に届く切っ先が、その瞬間に不定形な光となって彼を包み込んだ。
「…………っ」
ミカは息を吸った。
温かい春風の嵐に放り込まれたみたいだった。
学生服の内側で、傷が癒えてゆくのが分かる。痛みが消えるだけじゃない。武器を握る手に力が入る。吸い込んだ息が、身体中を満たしてくれる。
(……すごい)
これが少女の、一番に求めた力。
裏側に隠れた理由はなんなんだろう、と過ぎった気持ちを、一歩踏み出すままにミカは投げ出した。
こんな気持ちは、風に攫われてしまえばいい。
「っ!!」
力んだ声を喉から絞って、勇者が駆けた。
残った魔力のすべてを剣に注ぎ込む。散らばる星が風を振り切って流れてゆく。
反応した魔獣が立ち上がった。最後の一撃と本能が気付いたか、唸りながら茨を咲かす。
禍々しい殺気を孕んだ花に、ミカも怯むことなく接近した。素早く、刀身が熱を持って白く発光する。
(すごい……)
図らずも、少年と同じ想いを少女が抱いた。
大気に触れる肌が熱い。ミカの放つ星の熱が、ここまで届いているのだ。
それなら、あの中心はどれ程だろう。
とっくに下げた両の拳で、アイーシャはワンピースの裾をきゅうと握る。
少年の剣はますます光り輝いて、地下に夜空を造っていた。
じり、と焼ける感覚に、しかしミカは表情を変えない。額から溢れた汗が頬を伝って顎先へ、それが落ちる頃にはもう、ミカの剣先は獅子を捉えていた。
「"アクィリフェル"!!」
鋭く振り抜く、鈍い重さと熱の奥義が、同時に迎撃した獅子の前脚に炸裂した。




