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第15話『太陽の祝杯』


 それが太陽の祝杯と呼ばれる所以は、白い花弁の表面に、金色の色素が散らばって煌めくのにあった。

 ただ咲くだけで陽光を反射して美しい金色が、風に揺られて角度を変えると、光はチラチラと、かわるがわるに点滅する。さながら酒に浮かべた金箔が波に揺れるのに似ていると、誰かが想像したのだ。


 大樹の洞の深奥に、その花は咲いていた。

 深奥には光があった。部屋を造る岩壁の所々が罅割れていて、今にも崩れそうな脆さの代償に、神聖にも見える陽光の筋を幾本か差していた。


 他の花々に混じって一輪だけ佇む白百合のようなそれは、遥か天上からの陽の光に照らされていた。

 その白い花びらにそっと、獣の鼻先が触れた。(つつ)かれて僅かに傾くと、金箔もまた小さく煌めきを返す。


 静謐な部屋で、魔獣が一歩踏み出した。

 凶悪な爪が地面を枯らす。『太陽の祝杯』を囲んでいた花々が一瞬のうちに(しわが)れた。

 狙いを定めた獅子の瞳が瞬く。それから少し細めると、前脚をずしりと持ち上げた。土の粒がパラパラと零れて花に降る。そして獲物を捕えんと、振り下ろし──。



「させないっ!!」



 少女の掛け声と共に風が吹いた。

 激しくも優しい風は、音を立てて草花を舞い上げる。白百合の花びらをひと際に揺らすと、ぶわりと持ち上げた。『花喰い』の脚が行き場を失い、更に煽られて体勢を崩す。

 その隙を、少年が駆けた。鋭く息を吐きながら、無言のままに技を放つ。大振りな勇者の一撃を。

 星が花嵐に混じって大気へ散らばると、地下室はまるで夜空のように照らされた。幼さを残した顔を熱源に隠して、少年は剣を振るう。刃が魔獣の茨を斬り裂くと同時に、アイーシャは『太陽の祝杯』を小さな手へと収めていた。


(……綺麗……)


 場にそぐわない感想が少女の胸に去来した。

 ひと目見て、それが祝杯の名を冠する花だと分かってしまう。きっと神様をも魅了する美は、魔獣にとっても特別だったことだろう。

 ともすれば時間までを止められそうになって、アイーシャは花を懐へ仕舞った。琥珀色の目で再度前を見据えると、魔獣の攻撃を躱したミカがこちらへ後退するところだった。


「花は」

「無事です!」

 最小限のやり取りにミカは頷くと、そのまま呼吸を整える。髪は乱れているが、消耗は殆ど無いらしかった。

 戦う中で相手の動きを学習することに少年は長けていた。どんな格上の相手にも、戦い方の癖がある。刃を交わすごとにそれを見極めて、確実に、少しずつ距離を詰めていく。ラヴィの居る境地がどれほど高くとも、だから少年は諦めなかった。


 魔獣が唸る。ダメージの蓄積した身体を未だ奮い立てて、茨を解放した。少年少女が構え直す。

 花びらの一つが、両者の間にひらりと舞って落ちてゆく。度々もどかしく浮き上がって、アイーシャの頬を汗がつたった。


 やがて花びらがそっと地面に触れた刹那、時が一斉に動き出す。


「いきますっ!」

 急激に襲い来る茨の群れへ少女が叫んだ。叫び声は、茨が地面を叩く衝撃の音に掻き消される。けれど彼女は動じなかった。この攻撃を見るのが初めてじゃないのは、アイーシャだって同じだ。

 土煙と茨に覆われた視界で弓を番える。動かずとも茨は当たらない。ミカが露払いをしてくれる。その腕を、アイーシャは信じている。


 大量の攻撃は、少年一人の力では到底いなし切れないものだった。剣の追い付かない茨に、半ば身を挺してミカは想い人を護っていた。棘に傷つけられ、学生服が汚れていく。それを承知し、一撃ごとに心を痛めながら──アイーシャはそれでも前を向き続けた。


 土煙と星々の向こう、遠くに『花喰い』の姿が見える。身を隠すように離れた魔獣が、琥珀の瞳にぼんやりと映る。

 ミカのことを想えば外せない。今の自分の力じゃ、倒しきるには足りないだろう。だからこそ、せめて動きくらい止めてみせなきゃダメだ。

 アイーシャは深呼吸をした。師との修行を思い出す。揺らいでいた切っ先を止めると、ブレスレットが僅かな熱源を反射して輝いた。


「"ゼフィール"っ!!」


 心の勢いと裏腹に、指先をすっと離して射る。

 間隙を縫って、風の矢が真っ直ぐに魔獣へと飛んだ。

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