第14話『空を目指す少女』
「ふわぁぁぁぁ」
人間の少女は、巨大な毛玉に囲まれて顔を赤くした。
白い波に亜麻色が流されて、その所々に桃色の耳たちが覗く。ぷうぷうと可愛らしい鳴き声が時々響き、合わせて裸の尾が揺れる。
大きな白鼠の群れに、アイーシャたちは襲われていた。
「っ……」
少女の名前を呼ぼうとしてミカの息が淀む。魔獣の見た目に惑わされぬようにと、滅多矢鱈に少年は剣を振った。熱を持った星が散らばって切り裂くと、白が赤く染まっていく。
「も……もっふもふで……ぽっかぽかです……」
呻きつつアイーシャは手を伸ばした。埋もれて見えない腕の先へ、柔らかさに侵されながらも感覚を研ぎ澄ます。
指先を僅かに引いて弦に掛けた。
「み……"ミストラル"っ!」
落ちるようにして射出された矢は威力を持たず、ただ風の増幅のために回り出す。吹き始めた風にまた煽られて、加速した回転はやがて竜巻を生み出した。
空を目指す少女の、けれどまだ刃を持って、乗せた相手を傷つけてしまう技。不慣れな攻撃に優しさを捨てた魔法は、その分だけ仲間を助ける力となって吹き荒ぶ。
たちまち跳ね飛ばされた無数の毛玉は、幾つかがそのまま地面に堕ちて、また幾つかは少年の方へ撃ち出された。
「"スタートレイル"……!」
少年少女はとっくに互いの呼吸を理解した。
凄まじい勢いで飛んできたそれに怯むことなく、ミカは乱舞する。半円状に描いた軌跡が、星の軌道を示すように残った。
断末魔にも耳を塞がず、拓いた道を少年が駆ける。灰色の視界の隅っこから、すぐさま白が押し寄せてきた。アイーシャが手を伸ばす。足を止めぬまま、ミカはその手を取った。
それから二人は暫く無言だった。魔獣の鳴き声のなかで、相手の荒れる息を聞きながら走った。鼠たちは今度は爪を立てて彼らを襲う。降り掛かる攻撃を撃ち返して、躓かないように潜り抜けた。
*
「は……はぐれちゃいましたね……」
数分前に分かりきったことをようやく口にして、アイーシャが息を整える。
「飛ばされたの、私たちだけでしょうか?それとも、アレクさんたちもさっきとは違うところに飛ばされちゃったのかな……」
「…まあ、心配はしなくていいと思う」
「あはは、そうですね……」むしろ気を付けなければならないのは自分たちの方だ。確かめるように足許を見ると、地面は再び花畑に近づいていた。本命の存在が傍に居るのかもしれない。花びらの一部が萎れている。
とにかく進もう、と呟いてミカが先を歩き出す。枯れた花たちを何となく避けながらアイーシャは続いた。
「……、その」後ろからでは、ミカの唇が動くのを見ることが出来ない。何事かを切り出した無口な彼の、返り血に汚れた髪の毛先を代わりに眺めながら、アイーシャは声を待ってみる。
「……怪我、どうしたんだ」
「あ……これですか」
予想外の話題に少女は少し驚いて、伏し目がちに肩の包帯を見る。アレクによって乱雑に巻かれたそれは、今は殆ど瘡蓋を守るためにあった。戦いの中で土埃を被りはしたが、内からの出血は滲んでいなく、それなりの白さを保っている。
「ならずもの、みたいな?人たちにやられちゃって……未熟者の証です」
少女の答えは言葉と裏腹に、慈しむような声色をしていた。
「あっ、でも大した怪我ではないですよ!アレクさんが処置してくれて、もう殆ど治ってますから!」
その色はすぐにパッと弾む。「……そうか」そうやってころころと変わる鈴の音が、聴いているだけで好きだと少年は思う。
「はい!私、がんばって一人前に……」
ぶんぶんと振っていた握り拳をふと止めて、アイーシャは瞬きをした。ぁ、と小さく零れた声に、ミカが振り返る。
「そっか。証……」
琥珀色の瞳が震えた。悪いことがあった訳では無さそうだと当たりをつけながら少年は、どうした、と軽く促す。
視線を上げずにアイーシャは何かを考えていた。自然と落ちた歩みの速度を、気が付く度に速くする。そうして不自然なテンポで髪を揺らした人間の少女は、遂に言葉を見つけて、口にしようと顔を上げた。その顔色がふっと変わるのと、ミカが咄嗟に前を向き直したのが、ほぼ同時だった。
「……いる」
ほんの微かに響いてきたのは、獣の遠吠え。
何処か歓喜の色を映した咆哮に、それだけで二人は覚悟する。──『花喰い』だ。
「とにかく、この怪我は気にしないで大丈夫ですっ!」アイーシャが弓を具現化して叫ぶ。
「行きましょうっ!」
場馴れはしていないだろうに、緊急時には素早く思考を切り替えて、アイーシャは戦いへ臨もうとする。
彼女が秘める凛々しさを受け取ってミカは頷いた。剣を手に花を蹴る。軽い身のこなしで着いてくる想い人に、今はただ、頼もしいと感じた。




