第12話『誰も羨まなくても』
「きゃああっ!?」
押し寄せた爆風にアイーシャは悲鳴をあげた。耳許をゴウと鳴らす風圧が、少女の長髪とワンピースを強くはためかせる。
「すっ、すぐ近くですよっ!?」
「何しでかしたらこんな爆風が吹くんだよ……」
土煙が少女たちを包んでいく。アレクが愚痴る傍らで、ミカが瞼を擦った。塵が目の中に入ったらしい。
「大丈夫ですかっ!!」
アイーシャが叫びながら土煙を突っ切った。腕で口を覆って咳込む。耳の記憶を頼りに爆心地へと向かう。
「あっ……!?」
途中で何かに蹴躓いた。少しずつ晴れてきた、しかしまだ見通せぬ灰青の先に、それが転がっているのを知る。
「──!死……っ」
魔獣の死体。
しかも一つでは無く、相当な数が斃れているのに気が付いて、アイーシャは息を呑む。
あの獅子が同族と争ったのだろうか?それとも、自分の知らない別の何かが──。
「こ……こっちですぅ……」
掻き消されそうな誰かの声が、けれど確かに少女へ届く。
「そっち……!そっちですねっ!」
聞き手への意味を持たない言葉と、アイーシャは再び走り出した。
今度は躓かない。最小限の足取りで上手く進むと、すぐ後に少年が続いてきたのを感じた。
辿り着く頃には爆煙は薄らいで、ボロボロの人影が琥珀に映る。へたり込んだベレー帽の彼女は、水面色の瞳をぐるぐると回して泣いていた。
「大丈夫ですかっ!?」
二度目を叫んで、駆け寄ったアイーシャが肩に手を添える。
「『花喰い』か?」
「はなくい……?」
ミカの問い掛けを復唱してベレー帽が傾いた。跳ねた前髪がそれに押されて、しなと萎れる。
「あー」疑問符に塗れた現場を解決したのは、ようやく追い付いたラヴィのひと言だった。
「また自爆したんだね?ジズ」
「…自爆……?」
首を傾げた金髪の少女が、一拍遅れて飛び跳ねた。
「えええっ、自爆!?」
「はいぃ……」
爆心地が深く項垂れて、ベージュの帽子が地面に落ちる。
***
「っはー!生き返ったー!!」
馬鹿みたいに明るい声だとアレクは思った。
「凄いっすね!さっきの魔法!もうあっという間に治っちゃいましたよ!」
「えへへ、どういたしまして……」
癒しの風を放った少女が困惑しながらも頬を掻く。
一歩引いてそれを眺めていた無精髭の神様は、思い出すように眉を顰めたり緩めたりしていた。
「いや、あー、確かに……っ?」皆の視線から逃げるつもりで目を瞑る。「居た…気がする!」
もー、と非難の声をあげてマーガレットが天を仰ぐ。被り直したベレー帽がまた傾いて、両手で抑えてみる。
「なんで覚えてないんですかー、この天真爛漫・商売上手・超絶美人のマーガレットちゃんを〜!」
「一回会っただけの商人なんか覚えてねえよ……むしろなんでお前は俺のこと覚えてんだよ」
「お客さんの顔はぜーんいん覚えてますよ!当然!」
自慢げに張った胸を拳で叩く。おお、と小さくアイーシャが感嘆した。──見た目の歳はあまり変わらないし、彼女の自称する通り天真爛漫で、落ち着きとか冷静とか云う言葉とは違う人だ。
ただ、それでもなんとなく『大人の女性だ』と少女は感じた。誰も羨まなくても、こういう人になりたいと思った。
そんな羨望の眼差しに気付いてか、マーガレットは少年少女へ向き直ると、一度喉を鳴らしてから両手を振った。
「改めまして、マーガレット・ジズちゃんです!こう見えても神様なんだよ〜」
「はいっ!アイーシャ・フォーサイスですっ!よろしくお願いします!」
「……ミカ・アナオン」
少年が襟元に口を埋める。
「マーガレットさんは、商人さんなんですか?」
「そだよ!」商才にだけは絶対の誇りを抱いたその指が、今度はすらりと伸びた。
「名付けて、マーガレットちゃんのミディールマーケット!」
コートの膨らんだポケットから、彼女は宝石を一つ取り出してみせる。
所々が黒ずんだ、磨かれる前のエメラルド。少女には価値が分からなかったが、分からないからこそ心が踊る気がした。隣でミカが僅かに首を傾げながら、宝石と想い人を交互に見つめている。
「神殿で見っけた宝物とか武器やらを神殿に来た冒険者に売るっ!これが結構イイ感じなんですよ!あとあと、たまに地上にも出張するよ!」
「およそ神族のやる事とは思えねーな」
「もー!あたしは神様の遺したもんより、人間の作ったやつのが好きなの!」
またも噛みついたマーガレットの、傷痕の残る手が弱々しく曲がった。
そこに握られた翠玉が地面に落ちてしまう前に、白髪の彼がそっと声を示す。
「ジズ、ミカくん達の師匠にならない?」
「はあっ!?」
叫んだのはアレクだった。本当には、彼の叫び声に他の全部が掻き消されただけだったが。
「……あっ、いやっ、でもっ」アイーシャが慌てて瞬きする。「そのっ、有難いんですけど、でも私の師匠はアレクさん一人だけで……」
「いやそこじゃねえだろっ」
「え、そこじゃなかったの?」
ラヴィが真面目な顔をする。
置いていかれたマーガレットが呆然と、求めるようにミカを見た。少年は溜息を吐くと、静かに首を振る。
「え゛」
途端、商人は青ざめて翠玉を落とした。ラヴィは誰にも聞こえぬ声で、あーあと落胆する。
「な、なんで」
「だって、ジズは武器を上手く使うからさ」
白髪の彼は首を竦めて、まるで何の責任も負うつもりはないらしかった。
「武器の使い方は魔法にも通ずる。僕以外の全ての魔導師の師匠になれるんだよ、君は」
アイーシャが宝石を拾い上げる。
丁寧に土を払ってから優しく差し出されたそれは、それでも醜く淀んだように、マーガレットには見えた。




