第11話『かくしてマーガレット・ジズは自爆した』
マーガレット・ジズは迷子であった。
大樹の洞の内部構造は奥へ行くほど複雑だった。
軽い気持ちで飛び込んだ彼女は、神殿探索を日課とするには余りにも方向音痴だ。入っては懲りずに迷子になって、その度に泣き喚くのに改善するつもりが無い。
だから、獅子が彼女に襲いかかったときにはもう、彼女は自分の今居る場所が分かっていなかった。
「ぎいゃあああああああっ!!!」
ベージュのベレー帽を飛び上がらせて悲鳴。
逃げる行先も考えず、彼女は一目散に走り出す。
獅子が手負いであったことにも、本能的に飛びかかっただけで直ぐに別方向へと分かれたことにも気付かずに、走れなくなるまでひたすら走る。
「ぜえーっ、ぜえーっ……」
せっかくの綺麗な顔を派手に崩して、マーガレットは息継ぎをした。ゆっくりと足をもつれさせると、恐る恐ると背後を確認する。
「お……振り切ったあ……」
汗が張り付いて、薄茶のクラゲヘアが鬱陶しい。極端に伸びた襟足を片手で纏めると、もう片方の手でパタパタ扇ぐ。
「な、なんだよあのなんかめっちゃ強そうな魔獣〜……!マーガレットちゃん聞いてないんですけど……!」
なかなか呼吸が整わなくて、少女はへたりと座り込んだ。まだ鼓動が早鐘を打っている。
「はあ……何処だここぉ……」
途方に暮れながら、兎にも角にもひと時の安息。岩壁に寄りかかるとヒヤリと気持ちよくて、彼女は思わず息をつく。
瞼を閉じて、もう今日はここで休もう、と投げやりなことを考えた。荷物だけはちゃんと準備してきた。彼女にとって、リュックは命だ。
投げ捨てた方がよほど身軽なその中身を、慣れた手つきで探る。滅茶苦茶に詰め込まれた金貨とか武器とか食糧の中から、使い古した布を発掘した。大体なんでも包めるお気に入りのそれは、身体を包めば簡易的な寝具になる。
続けて潰れたパンを取り出そうとして、初めて彼女は唸り声を聞いた。顔を上げると、実はずいぶん前から集まっていた唸り声たちが、マーガレットをギラギラと睨みつけている。
「……ア、アハハ……」
苦笑いしてみる。パッと見て数えられないくらいの狼たちが、光らせた牙から涎を垂らしている。
「美味しくないですよぉ〜……」
片手で白旗を上げながら、もう片方の手がコートの裏地へと伸びる。細く息を吐いて、マーガレットの眼光が鋭くなった。指先がその持ち手に触れる。
……が、それが一瞬煌めいたのを、魔獣の一匹が見咎めた。
「ガウガウガウガウッ!!!」
「ぎいゃあああああああっ!!!」
盛大に叫びながらも素早く掴んだものをぶん投げる。
裏地にはずらりとナイフが仕込まれていた。正確に射出された刃は、真っ先に飛び出した魔獣の頭に突き刺さる。
マーガレットは大急ぎでリュックを引っ張り上げると、中身が零れるのも構わずに片腕で背負い土を蹴る。
今度は腰に携えた矢筒から、振動で飛び出た一本をそのまま選び取った。適当に打っても当たる数、と割り切って短弓を放つ。その行く先を目で見ずに、魔獣の倒れる音で聞く。
逃走方向を定めようとして、間近に狼の顔を見る。
「うわぁっ!?」
咄嗟に足を引いて鋭利な爪を躱す。なんとかバランスを保ち、首の向きを変えて───またも狼の顔。
「っ……、も…もしかしてぇ……」
すーっと血の気が引いた。見渡すと、さっきよりも狼の数が増えている。
「囲まれたんじゃあ……っひぅぁ!?」
鋼の音が鳴り渡る。変な高音で泣きながら、振り抜いた刀身が一匹を返り討ちにしていた。
「いやいやっ、この数は無理っっ」
狼たちは疎らに襲いかかってくる。半べそで応戦しつつ、マーガレットは決意せざるを得なかった。
「ぐぬぬぅ〜……っ」
何処からか微風が吹いてきて、犬耳のように跳ねた前髪を揺らす。
マーガレット・ジズは魔法が不得手であった。
せっかく魔力が多いのに、幾ら練習したってまともに扱うことが出来ない。持ち前の愛嬌で貶されることは無かったが、どんな時でも役立たず。
しかしそれは、決して『弱い』という意味では無かった。
腹を括って、彼女は目を閉じる。
魔力を集める感覚は好きじゃない。まるで良い思い出が無いからだ。胸元でぎゅっと手を握る。
眉間に皺を寄せたまま、つま先を動かすことは忘れない。踊るように、彼女の快活すぎる話し方を知らぬ者が見れば、きっと神話だと受け取るような身の熟しで、迫り来る攻撃を避けていく。
乱撃のなかで薄く、視界を開く。透き通った水面の色の瞳が、高い陽に照らされた向日葵みたいな金色へと姿を変える。
彼女は、魔法が下手な神様だった。
「うおおおおおおっ───」
似つかわしくない大声で武器を具現化する。
土で作られたダイナマイト。できた、と思うと彼女の魔力は渦を巻く。眩い光が少女を中心に放たれて、岩壁を照らす。
狙い通りじゃない。ただ、手放すのが間に合わなかっただけ。
やけくそになって彼女は叫ぶ。
「"ピュアジュマイト"おぉぉっ!!!」
かくして、マーガレット・ジズは自爆した。




