第10話『色褪せたものまで』
「……ラヴィ」
「"手助け"のお手本だよ、アレク」
虹彩をピンクパールに光らせて、白髪の彼は優雅に微笑んでみせる。
程よく力の抜かれた指先から、電撃の残滓が見え隠れしていた。
「っ……す、」
凄い。
そんな言葉が喉元で留まって、アイーシャは息を震わせる。
全身に雷を浴びた『花食い』が、ぐったりと膝を曲げた。焦げた肉がぷすぷすと煙って、異臭が少女の鼻腔を掠めていく。
容赦なく焼かれた花たちの上で、けれど魔獣の爪に力が入った。おや、とラヴィが眉を上げる。
それからまるで根を張るように、魔獣が動きを止めた。
死んだのでは無い、むしろ──逆。
「回復してるのか」
アレクが声を落とした。
花が枯れる。生き残っていた花々の色を吸い取って、色褪せたものまで砕いてゆく。
ラヴィはトドメを刺す気がないらしく、ニ撃目を打たなかった。代わりに動いたのは学生服の少年だ。
無言で殺意を込めた剣が魔獣を目掛けて駆ける。
「"パナッシュ"……っ」
銀河を小さくしたような、光を燃やす隕石のような。殺傷力を持った無数の煌めく物質が、ミカの剣の周囲を飾る。
その技は、魔獣には当たらなかった。魔獣は素早くそれを躱すと、神殿の奥へと走り出したからだ。
「あっ……!」
少女が一瞬追おうとして、神々が動かないのを見て足を止めた。
「あー、逃げちゃったね」
「…いいのかよ」獲物の背を無感情に見つめる旧友を、アレクが睨みつけた。ラヴィは白髪を揺らすと、ものともせずに答えを返す。
「見ない間に、君は随分怖がりになったようだね」
大地を抉る爪の音が遠ざかる。『花食い』の尾がすっかり見えなくなってしまうと、少女たちは魔法を消した。
***
「ありがとうございました!」少女がぺこと頭を下げた。
「すごかったです!強かったです!カッコよかったです!」
「いえーい」
「お前すぐカッコイイって言うな?」
はしゃぐ少女とVサインをする旧友を、交互に見つめてアレクは半目を作る。
「アイーシャ。こいつの真似はすんなよ」
続けてわざとらしいほど真剣な口調をされて、旧友はすかさず抗議した。
「そんな!ミカくんはいいのに!?ミカくんは僕の弟子なのに!?」
「弟子じゃねえ」ミカが不満げに挟む。
「ミカから学べっつったのお前だろうがよ」
「そんなあ〜!!」
ラヴィが大げさに天を仰ぐのを、アイーシャが面白がって笑った。無意識に複雑な色を見せたその横顔を、ミカが横目に見つめている。
「なんで真似しちゃダメなんでしょうか?」
「そうだな」
弟子の問いに師匠は顎を掻いた。
「まず武器を創らねえ」
「型に囚われるのは嫌いでね」
ラヴィが肩をすくめる。
「やる気も出さねえ」
「頑張ってもそんないいことないよ!」
朗らかに手を振った。
「本気出すくらいなら負ける」
「アレクが何とかしてくれるだろ〜?」
頭の後ろで手を組んだ。
如何に自分に理があろうと、この旧友と言葉で戦えばまず勝てないということをアレクは知っている。溜め息をついた銀髪に不戦勝を果たして、白髪の彼は少女を見た。
「驚かないんだね?」
彼の指がしなやかに伸びて彼自身を差す。
「あっ、はい!神様ですよねっ」
なんでもないことのように少女は答えた。
ふーん、とラヴィは指先を口許へ持っていって、やんわりと曲げた。ピンクパールに煌めいていた虹彩はとうに元の金色へ戻り、自然な世界を映し出している。
「気づいてたんだ?」
「っていうか、旧知の仲なんですよね?人間だったら、見た目の年齢が合わないです!」
「あ~……」そりゃそうだ、と猫口を作った彼に、アレクの方が妙な優越感を覚えてほくそ笑んだ。
「で……追うんだよな」
「当たり前じゃないか。面倒臭いなら君だけ逃げるかい」
別に一人ならそれでも良かった。先に歩き出した少女の背に、アレクは内心で呟く。
恐らく、この神殿はまあまあ広い。奥からは外の気配がしないくせ、魔獣の気配が様々に満ちている。少女を危険に晒すことに、やはりアレクは慣れなかった。
少し歩くと足許の花畑は質感を変えて、今度はふかふかした土の感触が靴を包んでいる。それが何処か現実感をなくさせて、孤独ぶった男を不安にさせた。
確かに、自分に加えてラヴィもついているし、ミカもかなり戦い慣れしている。あの獅子のような魔獣だって、その気になれば一瞬で撃ち殺せる自信があった。それでも万が一があったら。『守ってみせる』だなんて無責任に言い切る勇気は、自分には無い───。
「ぎいゃあああああああっ!!!」
ぼんやりと思考に沈み歩いていた銀髪を、大変に場違いな叫び声が叩き起した。
「……っあ!?」
「女……?」ミカが周囲を見渡す。
「だ、誰か襲われてるんじゃないですかっ!?」
アイーシャが慌てて、次に目を閉じた。少女の神様じみた聴覚が、興味なさげな神々に代わって音の反響を感じ取る。
「こっち……!」
開いた琥珀色が暗闇を見据えた。




